フランクフルト大聖堂

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マーカーはフランクフルト大聖堂です。

フランクフルト大聖堂
[特徴的な後期ゴシック様式の西塔を持つカトリックの聖バルトロメウス大聖堂は、皇帝の選挙と戴冠が行われた場所である。この大聖堂からレーマ(旧市庁舎)に通じる道はケーニヒスヴェーク(王の径)と名付けられている。新たに戴冠した皇帝が、市庁舎への宴のために行列を連ねた通りである。現在(2013年)、大聖堂前には、ローマ時代カロリング朝時代(751年 – 987年)の出土品が発掘された考古学の庭(Archäologischer Garten (Frankfurt am Main))がある。
考古学の庭 ・wikipedia-photo  (wikipedia・フランクフルト・アム・マインより)]

[旧市街レーマ広場の東側に位置する大聖堂。その赤茶色の塔が空高くそびえる様子は、フランクフルト市民にとって馴染み深い光景でしょう。大聖堂の前に立つと、想像以上に大きく重厚感のある外観に惹き付けられます。入り口を抜け、まずは礼拝堂へ。静まり返った教会内には厳かな雰囲気が漂い、カトリック信者たちが心静かに祈りを捧げています。礼拝堂では、祭壇やレリーフと共に大きなパイプオルガンが一際存在感を放っています。毎月第1土曜日の12:30には、無料でパイプオルガンの演奏が聴けるとのこと。また、こちらは有料ですが、定期的にコンサートも開かれているそうで、厳粛な礼拝堂内に鳴り響く音色をぜひ一度聴いてみたいと思いました。
続いて大聖堂内にあるドーム博物館へ。宝冠や宝珠、ミサ用の祭服などの貴重なコレクションが集められ、大聖堂の向かいの建物にも展示が続きます。神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われた歴史ある場所にふさわしい、煌びやかな宝物の数々に見入ってしまいました。また、第2次世界大戦時に被った損傷、そしてその後の修復の様子を写した写真からは、街と共に生きてきた大聖堂の歴史を知ることができます。
それらの展示の中で最も印象に残ったのは、この大聖堂の起源を示す7世紀頃の展示品です。フランク王国メロヴィング朝時代の680年頃、ここに1人の少女が葬られました。それを元に宮廷礼拝堂が建てられたのが、大聖堂の始まりだとか。1992~94年の発掘調査で少女の遺骨と共に、多数の副葬品が発見されました。細工が施された指輪や金のイヤリングなどは、当時のものとは思えないほどの美しさです。埋葬された少女が誰なのかは不明ですが、手厚く葬られた様子から、色々と想像力を掻き立てられました。 
最後に、13年にもわたる改修工事を終えて先頃再び公開が始まった塔を上って大聖堂の上へ。328段の階段を登り切ると、南にマイン川、西に旧市街と金融街、北に現代的な建築郡が広がるフランクフルトを一望できます。フランク王国時代、自由都市として発展した中世、焼け野原からの復興を遂げた戦後。そうした歴史を踏まえて大聖堂の上から現在の街を眺めると、感慨深い気持ちになりました。常にこの街と共に歩み続けてきた大聖堂。その魅力を再発見した訪問となりました。  (「フランクフルトが誇る大聖堂 – ドイツニュースダイジェスト」より)]

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カメラ南東方向がフランクフルト大聖堂入口です。

カメラ南西方向がフランクフルト大聖堂です。

フランクフルト大聖堂拝廊のカメラです。

フランクフルト大聖堂翼廊のカメラです。

フランクフルト大聖堂内北側翼廊(袖廊)の360citiesです。

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