大洲藩加藤家上屋敷跡(八幡神社)

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マーカーは八幡神社です。

大洲藩加藤家上屋敷跡(八幡神社)
[御徒町には大洲藩上屋敷があった。江戸時代の大名は隔年で参勤交代し、領地と江戸を交互に行き来していた。各大名は江戸幕府から江戸屋敷を与えられた。上中下の三ヶ所の屋敷を持つのが一般的で、大洲藩は江戸時代後半、上屋敷が御徒町中屋敷下谷竹門、下屋敷浅草諏訪町にあった。大洲藩の支藩新谷藩の屋敷も浅草新堀末、遊郭吉原の近くにあった。現在このあたりは台東区になっているが、上中下屋敷がすべて台東区内にある大名は大洲藩加藤家のみである。藩主が居住した上屋敷は、7,254坪の広大な屋敷地で、現在は御徒町公園と御徒町中学校になっている。
 昨年11月、大洲市立博物館のS氏と一緒に現地を訪れた。JRの御徒町駅から東に向かい歩いて5分ほどである。御徒町公園には八幡神社と庭園があり、標柱に「史蹟旧加藤邸久森山跡」とあった。この八幡神社は大洲八幡神社から勧請されたといわれている。「旧加藤邸」の文字と八幡神社がかろうじて、大洲藩上屋敷と分かる程度、それ以外にほとんど面影が残っていない。大正時代まで加藤家の屋敷があったそうである。  (「大洲藩日記」より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 下谷絵図」(絵図中央・加藤於菟三郎が大洲藩加藤家上屋敷です。)

国立国会図書館デジタル化資料 – 御府内往還其外沿革図書」 – 「十四之二[3] – 2/3、3/3」(絵図中央に加藤遠江守と描かれています。)、「十四[206] – 149~153/206」(絵図右上に加藤遠江守が描かれています。)

カメラ位置は御徒町公園で、カメラ北方向に八幡神社があります。

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