安濃津藩藤堂家上屋敷跡(和泉公園)

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マーカーは和泉公園です。

安濃津藩藤堂家上屋敷跡(和泉公園)
[江戸時代は武家地であり武家屋敷が存在していた。伊勢国津藩藤堂和泉守家(藩祖:藤堂高虎上屋敷が存在し、町名は藤堂高虎以降藤堂家当主が代々襲名した官位「和泉守」に由来し、現在でも津市では藤堂高虎縁の地としてイベントを行なっている。より正確に言えば、江戸切絵図によると町内に能勢・太田・中根・酒井の各氏の屋敷も存在しているが、藤堂家屋敷の面積が最も大きかった。1872年(明治5年)、神田和泉町が成立する。藤堂家屋敷跡は東京医学所となり、現在は三井記念病院が建っている。1911年(明治44年)に神田の冠称を外したが、1947年(昭和22年)に神田区千代田区に合併すると同時に冠称を復した。  (wikipedia・神田和泉町より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 下谷絵図」(絵図右下に藤堂和泉守上屋敷が安濃津藩藤堂家上屋敷です。)

国立国会図書館デジタル化資料 – 御府内往還其外沿革図書」 – 「十四之二[3] – 2/3、3/3」(絵図右上方向に藤堂和泉守が描かれています。)、「十四[206] – 53~66/206」(絵図右下に藤堂和泉守が描かれています。)

カメラ北北西方向が安濃津藩藤堂家上屋敷跡(和泉公園)で、公園北側が三井記念病院です。

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