鳥越明神(鳥越神社)

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    鳥越明神(鳥越神社)
    [鳥越神社(とりこえじんじゃ)は、東京都台東区鳥越にある神社である。白雉2年(651年)、日本武尊を祀って白鳥神社と称したのに始まるとされ、前九年の役のおり源義家がこの地を訪れ鳥越大明神と改めたと伝えられている。例大祭に出る千貫神輿は都内最大級を誇る。 例大祭(鳥越祭、鳥越まつり)は、平成22年度(2010年)は、6月5日(土)、6月6日(日)に開催される。
    祭神
    ●主祭神 日本武尊
    ●合祀 天児屋根命仁明天皇の御代に武蔵国司となった藤原氏が、祖神を合祀した。
    ●合祀 東照宮公 – 徳川家康を祀っていた松平神社(現蔵前4丁目16番付近)が関東大震災で焼失したため当社に合祀された。
    歴史
    景行天皇の御代に、この地に日本武尊が良き斎庭と定めて皇祖二柱の大御神を祀り、その後白鳥村とよばれたこの地に白雉2年(651年)、村民が「白鳥明神」として奉祀したのが由緒とされる。
    前九年の役征圧のため源頼義源義家父子がこの地を通った際、白い鳥が飛ぶのを見て浅瀬を知り大川(隅田川)を渡ることができた。それを白鳥明神の加護とたたえ、鳥越大明神の社号を奉った。
    江戸時代までにここには三社の神社が成り一帯の約2万坪の広大な敷地を所領していたが、元和6年(1620年)、江戸幕府が全国の天領からの米を収蔵するため、隅田川沿いに蔵(浅草御蔵)を造営することとし、この埋め立て用に大明神のある鳥越山を切り崩すことになり土地を没収されてしまった。さらに、大明神の北側にあった姫ヶ池も鳥越山からの客土で埋め立てられ、大名屋敷などの御用地とされた。
    三社のうち熱田神社は今戸へ、第六天榊神社は森田町(現・蔵前3丁目)に遷され、残った大明神が現在の鳥越神社である。
    祭礼
    ●1月8日 とんど焼がおこなわれる。
    ●6月9日に近い土曜日・日曜日 例大祭
    例大祭
    ●御本社宮神輿は、台輪幅4尺3寸の元祖千貫神輿で有名。
    ●狭い下町の町内を渡御するので、大きな胴体に比べ太く短い担ぎ棒のために担ぎ手一人の負担も大きくより重く感じるので、昭和の初めよりその重さから都内で最も重い神輿と言われていた。
    ●毎年氏子により担がれ、氏子町内を渡御される神輿としては都内でも最大級で重い神輿である。
    ●本社神輿は例年、日曜の朝6時50分(発輿式は6時半から)より宮出しされ午後9時に宮入となり神社に戻る。
    ●本社神輿の列の先頭には、猿田彦(天狗)や、手古舞連、子供たちの持つ五色の旗が歩き神輿を先導し、夜8時過ぎの宮入道中では神輿の周りに提灯を付け、高張り提灯に囲まれ宮入りする。
    ●その荘厳かつ幻想的な姿により、夜祭りとしても有名で、暗闇の中を提灯の灯りがユラユラと揺れる事から、お化け神輿の別名もある。
    鳥越神社拝殿・wikipedia-photo、鳥越神社とんど焼・wikipedia-photo、鳥越神社とんど焼・wikipedia-photo、鳥越神社とんど焼・wikipedia-photo  (wikipedia・鳥越神社より)]

    鳥越神社ホームページ

    鳥越祭 台東区ホームページ – 台東区役所

    資料リンク
    国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 浅草御蔵前辺図」(絵図中央左上方向・元鳥越町に「鳥越神社」が描かれています。)

    国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 拾五之二」(絵図中央下に「鳥越明神社」が描かれています。)

    カメラ西方向が鳥越神社参道です。

    鳥越神社拝殿前の360citiesです。

    鳥越神社どんと焼きのカメラです。

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