6.カラード・コットン

カラード・コットン

日本オーガニックコットン流通機構」ではカラーコットンについて下記のように記述しています。

『コットンには白の他にも、茶や緑の色のものがあります。これらの色は、すべて生まれつきコットンそのものの色で、染めた色ではありません。「コットンは白い」と言うのが現在の常識ですが、実はもともとの色は茶色でした。ではなぜ、現在のコットンは白が主流なのでしょうか?
大昔、人々は草や木や泥で布を染めることを覚えました。すると、色をキレイに出すには白が一番都合がよく、より白いコットンになるように品種改良しました。やがて白いコットンがすっかり主流になると、色の付いた茶色のコットンは邪魔にりました。白いコットンに茶色が混じると困ることから、栽培することを法律で禁じた時代もあったほどです。そして、とうとう茶色のコットンは姿を消して人々の記憶からも消えてしまいました。
エコロジーへの関心が広がり始めた1980年代。無農薬で育てるコットンが話題を呼びました。そんな中、アメリカの昆虫学者であるサリー・フォックス氏は、カラーコットンの存在を知り、そしてひらめきました。川や海を汚す染色をすることなく、カラーコットンで色や柄が出せたら素晴らしいことではないかと。趣味で細々と茶色の綿を栽培していたグループの協力を得て、それらをビジネスとして成り立つレベルの生産量に引き上げ、名実ともにカラーコットンを復活させたのです。
かつて染色工場の周辺は化学汚染し、繊維産業は公害産業と呼ばれた時代もありました。カラーコットンは、化学汚染がまったく起きないエコロジー繊維として、4000年の眠りから覚め、今最も新しい素材として注目されています。

茶色の綿のUV防止効果
茶色の綿には、不思議なことに生体に有害な紫外線を95%も吸収するUV効果があることが偶然発見されました。草木染のUV効果を調べていたとき、たまたまそばにあった茶のカラーコットンの布地を比較のために測定しました。白いものは80%くらいだったのに対して、茶色のものは、草木染の布地と同じ95%台の値を示したのでした。何故でしょうか?「茶色の綿は綿の原種」ということを思い出してみてください。コットンが育つのに良い条件は、長く強い陽射しを受けることです。すると綿毛に包まれた種子は有害紫外線から守られなくてはなりません。大自然が選んだ綿毛の最良の色は茶色だったのです。市販のUV加工品は化学処理されて製品化されていますが、カラーコットンは生まれながらにUV防止品になります。帽子、手袋、外着、カーテンにも効果を発揮してくれるのです。』

サリーフォックス(Sally Fox)は、1955年、アメリカ合衆国カリフォルニア生まれで、1979年 カリフォルニア州立大学群のカリフォルニア理工州立大学(California Polytechnic State University)で生物学の学士号、1981年 カリフォルニア大学(University of California)にて昆虫学の博士号を取得しています。
高校時代、ケニアから来ていた、昆虫学者・エリザベスワンガリ(Elizabeth Wangari)は昆虫学を授業で教え、彼女に、カール・ジェラッシ(Carl Djerassi)が設立した会社である Zoeconでのインターンシップを受ける機会を与えました。また、彼女に大学への進学を勧めます。彼女は大学卒業後平和部隊に参加し、西アフリカガンビア落花生の病気、害虫対策に従事しました。彼女がそこで学んだこと、それは、農薬の危険性であったいいます。
任期終了後、彼女は綿栽培者のために害虫抵抗性植物を探す仕事に従事します。そこで、害虫抵抗性があるがしかし褐色の生産綿の種子(アップランド綿)一袋を発見しました。綿栽培者はその種に注目しませんでしたが、彼女は興味をそそられ、褐色綿と白の綿をクロス交配から始めて、7年間品種改良を続け、最終的に彼女は、2色のコットンにたどり着き、植物特許と同等の植物新品種登録証明書を申請しライセンスを獲得しました。
フォックスは、1989年に彼女自身の色の綿を発表し、ビジネスの世界に挑戦します。彼女は、Foxfibre綿で数十万ポンドを生産する綿花栽培のネットワークをつくりあげました。しかし、フォックスの自然綿革命はスムーズにはいきませんでした。カリフォルニア州の強力な綿花栽培業者は、彼女の色の品種が自分の作物を汚染することを恐れ、彼女の栽培方法に厳しいルールを課し、彼女が1993年にアリゾナ州に移動することを余儀なくされました。6年後、アリゾナ州の綿花生産者も同じことをしました、フォックスは、再び北カリフォルニアに移動します。そのころ悪いことに紡績業界のもグローバル化の波が押し寄せ、繊維工場は東南アジアや南米に移転しました、それらの工場と彼女のネットワークの綿農家のあまり係わってはいなかったのですが、大きな取引先を失いました
それでも、彼女は新色の開発に取り組み、今では小さな工場や小さい顧客に集中し、彼女のビジネスとして生産者の彼女のネットワークを再構築に挑戦しています。(詳細はサリーフォックスをご覧ください。)

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