パーネルスクエア(チャールズ・スチュワート・パーネル像)

マーカーはパーネルスクエア(チャールズ・スチュワート・パーネル像)です。

パーネルスクエア 
[コンネル通りの北、パーネルスクエア(当時は総督の名前からルットランドスクエアだった)は、病院、映画館、劇場が並びかなり古い時代の建物という印象がある。かつてはこの界隈は多くの貴族や議員の大邸宅が軒を列ねる「宮殿通り」で、スクエアに作られたガーデンでは華やかなダンスやクラシックコンサートが頻繁に行われていた。1748年、婦人科医だったバーソロミュー・モス医師がヨーロッパで最初の産婦人科を専門とする無料の病院を建築するため、未開発だったこのエリアを買い取った。上流貴族の社交場としてプレジャーガーデンやアセンブリールーム、ロタンダルームを建ててイベントを行い、その収益を病院の建築と運営の資金にあてた。当時はスクエアの周辺には豪華な馬車が横付けされ、美しく着かざった貴族たちがこのスクエアに集った。「宮殿通り」はやがてリフィー川の南界隈の開発と、1800年の合邦法(アクトオブユニオン)によって住民を失い衰退していった。  (「ダブリンの見どころ<北界隈・ジョージ王朝建築エリア(1)>」より]

チャールズ・スチュワート・パーネル像
[チャールズ・スチュワート・パーネル(Charles Stewart Parnell, 1846年6月27日 – 1891年10月6日)はアイルランドの政治指導者であり、19世紀のアイルランドにおける重要人物の一人である。イギリスの首相ウィリアム・グラッドストンは、自分が会った人物の中で最も非凡であったと述べている。  (wikipedia・チャールズ・スチュワート・パーネルより)]

Parnell Monument – Google Map 画像リンク

カメラ北西方向がチャールズ・スチュワート・パーネル像です。

カメラ北北西方向がチャールズ・スチュワート・パーネル像です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*