ロンドン橋

マーカーはロンドン橋です。

ロンドン橋
[現在のロンドン橋が架かる位置にはその近辺も含め、2000年近くにもわたって橋が存在してきた。ロンドン地域でテムズ川に架かった最古の橋は古代ローマ人によるもので、西暦46年に架けられた木製のものであった。1013年、侵略してきたスヴェン1世_(デンマーク王)率いるデーン人たちを分裂させるためにエゼルレッド2世_(イングランド王)によって焼き落とされた。架け直された橋は1091年に嵐で破壊され、1136年には火災に遭っている。1136年の破壊の後、橋の管理者であったPeter de Colechurchが木製の橋を石像の永久橋に置き換える提案をした。 そのため新しく税が課され1176年ヘンリー2世 の時代にde Colechurchの監督の下、工事が始まった。この橋は完成までに33年を要しde Colechurchの死後4年経った1209年、ジョンの時代に完成した。ジョンは橋上に住宅を建てる考えを持っており、橋は完成後まもなく住宅、商店、さらには礼拝堂によって占められた。橋上の建築物は大火の危険とアーチへの負荷を増大させた。1212年あるいは1213年、ロンドン大火以前で最も大きいと考えられる火災が橋の両端から同時に発生し、橋上の人々を襲い3000人が亡くなったとされる。1758年から1762年にかけて水上交通改善のため中心の2つのアーチがより広い梁間のものに交換され、それとともに家々も除去された。18世紀の終わりには交通量に対し狭隘になり、ロンドン橋自体も600年以上使用され老朽化していたが、1799年、新しい橋の設計コンペが開催され、Thomas Telfordが180mの長さの単式鋼鉄アーチを持つ橋を応募した。革新的な彼のデザインは入賞したが、実現可能性の不確実さと、建設に要する土地の膨大さのため使用されることはなかった。橋は5連の石造アーチによるものとなった。ジョン・レニーの設計によるものである。新たな橋は旧橋より30m西(上流)に7年の歳月と2,000,000ポンドを費やし、レニーの息子によって1831年に完工した。現在のロンドン橋は建築家のジョン・モウレムによって1967年から1972年にかけて造られた。開通は1973年3月17日、エリザベス2世によってなされた。
現在のロンドン橋・wikipedia-photo、夕暮れのロンドン橋・wikipedia-photo、17世紀初頭のロンドン橋・wikipedia-photo、「1831年に撤去された旧ロンドン橋のアルコーブで現存するもののひとつ。1860年に移築され、現在はタワー・ハムレッツのビクトリア公園にある。」・wikipedia-photo  (wikipedia・ロンドン橋より)]

ロンドン橋 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向がロンドン橋からタワーブリッジ方向のカメラです。

カメラ東方向がテムズ川から見たロンドン橋からタワーブリッジ方向のカメラです。

“ロンドン橋” への1件の返信

  1. ロンドンブリッジ。

    哀愁の名画を思い出す、ヴィヴィアン・リーの美しかったこと!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*