庭園史博物館

マーカーは庭園史博物館です。

庭園史博物館
[この博物館、元々は教会と申しましたが、17世紀にチャールズ1世_(イングランド王)に仕えた庭師のJohn Tradescant (ジョン・トラデスカント)親子が眠るお墓があります。英国では名誉とされる庭師の眠る場所であり、時を大航海時代に引き戻してくれるウィリアム・ブライ艦長のお墓も横にあります。17世紀に遡ると当時の英国は大航海時代。異国から持ち帰ったジャガイモやトマトなどが知られるようになり、食糧としての経済的有用性が認められるようになり、そこで英国は、奴隷の食糧を大量生産するために、それらの苗木を植民地で栽培し始めます。18世紀になると「プラント・ハンター」と呼ばれる職業が登場しますが、それは裕福な園芸家のために海外から珍しい植物を採集してくる人たちのことであって、トラデスカントはそれ以前17世紀初頭の人ゆえ、「プラント・ハンター」の嚆矢といえるのがジョン・トラデスカント親子(父子とも同姓同名)となります。ふたりは16世紀終盤から17世紀にかけて活躍した庭師で、しかも船で各国をまわり、珍しい植物を採集してきてはテムズ川南岸ランベス(ランベス・ロンドン特別区)の自宅の庭で育ていました。更には、大使や商人が持ち帰ったものも譲り受けて、それらを自宅に飾っていました。「ノアの方舟」と呼ばれたこれらの収集品は、当時大変な評判となり、多くの名士がランベスにあるトラデスカント家を訪れ、まる一日を過ごしたといわれています。息子ジョン・トラデスカントの死後、親子のコレクションは(息子ジョンの知人であった)好奇心旺盛な弁護士エリアス・アシュモルに寄贈されます。アシュモルはその後、彼自身の収集品と共にトラデスカントのコレクションをオックスフォード大学に寄付。これらを中心として出来たのが、1683年に設立されたオックスフォードにある「アシュモレアン博物館」なのです。  (「a+ discovery vol.2 英国と暮らす : 庭園史博物館 (ガーデン・ミュージアム)」より)]

[チャールズ1世お抱えの庭師で、16世紀終盤から17世紀にかけて活躍したジョン・トラデスカント親子は17世紀中ごろから18世紀にかけて海外から珍しい植物を採集してくる「プラントハンター」と呼ばれる職能として活躍する。彼らは船で各国をまわり、珍しい植物を採集してきては自宅の庭で育てていた。  (wikipedia・庭師より)]

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庭園史博物館ホームページ」 – 「利用案内

カメラ北西方向が庭園史博物館です。

庭園史博物館内展示ルームのカメラです。

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