F.Cooke

マーカーはF.Cookeです。

F.Cooke
[今回私が訪れたのは、Broadway Market にある創業1862年、140年も続く老舗、「F.Cooke」です。地下鉄Central Lineの駅、Bethnal Grennから、北の方に歩いて行って10分くらいの所にあります。ただし、Bethnal Grenn駅だけでなく、他の地下鉄駅からも行けるようですので、そこは検討の必要があると思います。
レストランと言うよりは、下町の食堂と言ったほうがピッタリの庶民的な店です。ロンドンの下町にあり、本当に気取らないというか、ロンドン西部の地域とは全く違った雰囲気で決して豊かな地域であるとは言えません。訪問した当日は、たまたま土曜日で店の前の通りは、青空市場でごった返していました。
F.Cookeの四代目の主人は、典型的な下町言葉のコックニー訛りで話すBob Cookeさんです。ボブさんのウナギ料理は、リカーと呼ばれる秘伝のパセリソースをかけたウナギの煮込み Hot eels です。普通は、これにマッシュポテトをたっぷりと添えます。ボブさんの店では、生のウナギを出すこともあるそうですが、毎日出しているのはウナギの煮込みとゼリー寄せです。ウナギの煮込み、ゼリー寄せは3.50ポンドで、560円くらいです。ロンドンにしては、かなり安い料理であると言えると思います。
正直、ウナギ料理は蒲焼きであるという固定観念があれば、ロンドンのウナギ料理は美味しくないと思います。特に、煮込みについては、パセリのリカーソースは味が薄く、そのまま食べてはもの足らないと感じるでしょう。しかし、イギリスの料理全体に言えることですが、イギリスでは出された料理をそのまま食べるのではなく、テーブル上にある塩やコショウ、ビネガーなどで自分で味をつけて食べることが前提です。そのため、自分流に味をつけて食べると美味しいものになります。  (「F.COOKE ロンドン下町のグルメなウナギとパイ&マッシュの店に ..」より)]

F. Cooke – Google Map 画像リンク

カメラ西方向がF.Cookeです。

[16世紀から19世紀のロンドンにおいて、ウナギは安くて栄養がある庶民にも手軽な食材であった。かつてのテムズ川にはヨーロッパウナギが多く生息し、ロンドン市内を流れるあたりでもウナギをとる漁網が仕掛けられ、貧困層にとっては主食になっていたのである。テムズ川でウナギがとれた時代の名残として、テムズ川にはイールパイ・アイランドという小島が存在する。18世紀のロンドンに、「イール・パイ・アンド・マッシュ・ハウス」(en, Eel Pie & Mash Houses、ウナギパイとマッシュポテトの店)と呼ばれる形式のウナギ料理店が出現した。現存する最古のこの種のウナギ料理店「M・マンゼ」(M. Manze)は、1891年創業である。第二次世界大戦期の食糧難の際にも、ウナギは配給制適用外の貴重な食品として人気があった。
ウナギのゼリー寄せも、こうした庶民の味覚の一つとして生まれた料理である。ウナギのゼリー寄せは、20世紀に入ってからも、ロンドンの市場や競馬場、パブの前に出された数多くの屋台で売られていた。
20世紀後半に入ると、イギリスではウナギの人気は非常に低下した。安くて栄養のある食材への需要が減ったうえ、他の食品が選択肢として増えたことや味の嗜好の変化により、ウナギの占める地位はあまり重要ではなくなったのである。ウナギ料理の本場のイーストエンドでも、従来の住民の多くが郊外に移住するとともに外国人が流入、ウナギを扱う店は減っている。例えば第二次世界大戦が終わったころ、ロンドンには100軒以上のパイ・アンド・マッシュ店があってウナギのゼリー寄せを提供していたが、1995年には87軒となり、以後も減少が続いている。テムズ川の水質悪化により、ウナギの漁獲が減った影響もある。1960年代以降には水質が改善し、ウナギの放流が行えるまでに回復、環境局(en:Environment Agency)もテムズ川での漁業を支援しており、タワーブリッジよりも上流でならば漁網の使用を許可しているものの、ウナギの人気は回復していない。
老舗のウナギ料理店「M・マンゼ」・wikipedia-photo、皿に盛られたウナギのゼリー寄せ・wikipedia-photo  (wikipedia・ウナギのゼリー寄せより)]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*