オリエンターレ市場

マーカーはオリエンターレ市場です。

オリエンターレ市場
[オリエンタルマーケットは、1899年に開かれたジェノヴァの市場です。中央のXX.セッテンブレ通り(Via XX Settembre)に位置し、1684年から1706年の間に建てられた、コンソラツィーオーネ教会に付随する修道院の古代の回廊にあります。
開業は1893年10月21日の市決議により決定され、市の技術者であるヴェロッジョ(Veroggio)、ビサニョ(Bisagno)、コルドニ(Cordoni)に、それまでフェッラーリ広場で開催されていたビサニョ渓谷から到着した農産物の市場に安定した家を提供するよう依頼しました。市場は、市の中心部(東側)と対比された位置に由来し、慰めの教会(コンソラツィーオーネ教会)に付属しているアウグスティヌス修道院の回廊の領域を占めています。元の回廊のうち、市場には、XX.セッテンブレ通りに面した列柱の両側にあるポータル、およびガラタ通り(Via Galata)からの市場へアクセスするポータルが含まれます。他の2つの側面はオリエンタル市場が建設されたときに完成しました。ジェノヴァで最初に建てられた、ヘネビーク(Hennebique)システムを備えた鉄筋コンクリートの建物で、面積は5500平方メートルです。42の倉庫に分割された地下階と、約360メートルに及ぶ列柱ポーチで形成された1階が含まれています。 市場には5つの入口及びアーチがあり、そのうち2つはXX.セッテンブレ通りから、2つはガラタ通り(Via Galata)から、1つはコロンボ通り(Via Colombo)からです。最初は屋外でしたが、その後、利用可能な内部スペースを増やすために、市場は天窓で覆われました。内部の装飾は白い大理石で、元の石の床は部分的にセメントで覆われています。XX.セッテンブレ通りを見下ろす建物の棟には、1931年からVia Fiumeの新本社に移転して以来、長年にわたって金融オフィスがあります。作業は1898年7月に終了し、1899年6月2日にフランチェスコ・ポッツォ(Francesco Pozzo)市長が花の展示会を開催して市場を開設しました。2017年12月、建物の中二階の保守的な修復と拡張のためのプロジェクトが提示されました。そこでは、バー、典型的な製品を試食するためのワークステーション、料理教室、文化的な会議やイベントのためのスペースのある食品市場が作成されました。いくつかの延期の後、市場内の新しい構造は2019年5月7日に発足しました。
オリエンターレ市場の正面入り口・wikipedia-photo]

[イタリアでも有数の避暑地ジェノヴァで最も有名な市場。1900年代初頭に作られた市場の建物は、円形劇場の様な作りとなっていて、生鮮食料品を中心に約200の店舗が商いを行っています。海沿いで気候温暖なジェノヴァは農作物や魚介類が新鮮で、多くの地元住民や観光客で賑わいます。  (『ジェノヴァ「オリエンターレ市場」』より)]

[食材の宝庫、メルカート オリエンターレ!ジェノバで一番大きな市場です。『黒門市場を思い出す私・・・』
スーパーが便利だから・・・と、そういう所で食材を揃えていると、だんだん悲しい気分になってきます・・・だって、一枚ずつシールを剥がすように取り出す、紙に貼り付けられた生ハムとか、一口サイズに加工されたチーズ、賞味期間がいやに長いパック入りの肉・・・ いつまでたっても腐らない果物・・・ お料理をすると、包装の袋やトレーなどがどんどん溜り、ごみ箱はすぐに一杯になってしまいます。しかし、朝の数時間“市場”に行くだけで、大満足!値段が安いのはもちろんだけど、何よりも鮮度やクオリティーが違います!
ジェノバの市場は、お豆腐屋こそないが、私の大好きな、あのアーケードの下の“市場”そのもの。そして、ここに来れば、どんな“消毒済みビニール料理”漬けの人も、葡萄を一粒・・・見かけは 、いくらか悪いかもしれないけど・・・口に放りこみ味わってみるだけで、 その人の人生観まで、みんな変わってしまうんじゃないかしら・・・?・・・なんて思っている。  (「メルカート オリエンターレ 」より)]

食の街 ジェノヴァ – MOG | イタリア好き

Mercato Orientale Genova – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向がXX.セッテンブレ通り(Via XX Settembre)に面した柱廊両サイドが、オリエンターレ市場入口です。

カメラ西北西方向がガラタ通り(Via Galata)オリエンターレ市場入口です。

オリエンターレ市場内のカメラです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*