トリノ市庁舎

マーカーはトリノ市庁舎です。

トリノ市庁舎
[トリノ市庁舎は、中世の館であったところを1663年、ロンバルディア州の建築家、フランチェスコ・ランフランキにより現在の形に改築された。  (「 篠利幸のイタリア紀行」より)]

[古代ローマ時代以前にはタウリニー人(Taurini)が居住した。後にローマ共和国領となり、紀元前1世紀にローマ人によってカストラ・タウリノールム(Castra Taurinorum)と命名された。後にアウグストゥス(在位:紀元前27年 – 紀元14年)にちなんでアウグスタ・タウリノールム(Augusta Taurinorum)と改名された。トリノの名はタウリノールムに由来する。
1536年から1562年にかけてフランス王国(ヴァロワ朝・1328年 – 1589年)に占領された後はサヴォイア家に帰属し、スペイン継承戦争(1701年 – 1714年)では1706年にフランス(ブルボン朝・1589年 – 1792年、1814年 – 1830年)に包囲されたがサヴォイアが勝利(トリノの戦い)、戦後の1720年より1861年までサルデーニャ王国(1720年 – 1861年3月17日)の首都、リソルジメント(イタリア統一・1815年 – 1871年)後は1861年より1865年までイタリア王国と改称したサルデーニャ王国の首都となった。  (wikipedia・トリノより)]

Municipio di Torino – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向がトリノ市庁舎で、カメラ東南東方向がバラッツオ広場です。

トリノ市庁舎の中庭のカメラです。

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