ウィア・サクラ(聖なる道)

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ウィア・サクラ(聖なる道)
[共和政ローマ時代(紀元前509年の王政打倒から、紀元前27年のローマ帝国の開始まで)記録では、フォロ・ロマーノには東西南北に、それぞれ「妹の梁の門」、「呪われた門」、「ローマ門」、「ヤヌス門」と呼ばれる古い四つの門があったとされ、これが都市としてのローマの最初の輪郭であったと考えられる。この門が設置された時期には、東西大通り(デクマヌス・マクシムス)と南北大通り(カルド・マクシムス)が明確な、整然とした形の都市があったが、共和制時代にこのプランは失われ、東西の大通りのみが、かなり方向が変わっているものの、「聖なる道(ウィア・サクラ(Via Sacra))」として生き残った。
かつてローマの凱旋式は、フォロ・ロマーノのウィア・サクラ(聖なる道)を通って、公文書館(タブラリウム)の脇を抜け、カピトリーノにあったユピテル・オプティムス・マキシムス神殿に奉献するのが習わしであった。
サクラ通りの現在のサイン・wikipedia-photo

フォロ・ロマーノ中心部の平面図

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Via Sacra
パラティーノ

1:タブラリウム, 2:コンコルディア神殿, 3:ウェスパシアヌスとティトゥス神殿, 4:サートゥルヌス神殿, 5:セプティミウス・セウェルスの凱旋門, 6:ロストラ, 7:帝都ローマ基準点, 8:黄金の里程標, 9:ティベリウスの凱旋門, A:クリア・ユリア, B:コミティウム, C:ラピス・ニゲル, D:フォカスの記念柱, E:フォルム(広場), F:バシリカ・ユリア, G:バシリカ・アエミリア, H:カストルとポルックス神殿, J:カエサル神殿, K:アウグストゥスの凱旋門, L:アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿, M:レギア, N:ウェスタ神殿, P:ウェヌス・クロアキナ祠, Q:ヤヌス神殿

  (wikipedia・フォロ・ロマーノより)]

Via Sacra – Roman Forums – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向がティトゥスの凱旋門で、フォロ・ロマーノの入場口の一つです。

カメラ西北西方向がセプティミウス・セウェルスの凱旋門です。

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