サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂

マーカーはサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂です。

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
[サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂( Basilica di Santa Maria Maggiore )はイタリアローマにあるカトリック教会聖堂。「聖なるマリアにささげられた聖堂」の意で、ローマの四大バシリカ古代ローマ様式の聖堂)の一つに数えられる。四大バシリカとはこのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂とサン・ピエトロ大聖堂サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(城壁外の聖パウロ大聖堂)である。さらにサン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(城壁外の聖ラウレンツィオ大聖堂)を加えて五大バジリカと呼ぶこともある。サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂は古代キュベレ神の神殿があった場所に築かれた。数回にわたる改修と 1348 年の地震に伴う崩壊の危機を乗り越え、ローマのバシリカ様式の聖堂では唯一原構造を残している貴重な建築物である。
「サンタ・マリア・マッジョーレ」(聖母マリアの聖堂)という名称には二つの意味がある。一つは世界の聖堂の中でも特に重要な教会、まさに母なる教会であるということ。第二にカトリック信仰において古代より尊重されてきた聖母マリアへの崇敬を表す聖堂であるということである。世界中に聖母マリアにささげられた聖堂があるが、その中で最大のものがサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂である。
アヴィニョン捕囚からローマ教皇がローマに戻ったあと、ラテラノ大聖堂が荒れ果てていたため、一時的にサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂が教皇宮殿として用いられていた。後にバチカンに教皇宮殿がつくられ、教皇はそこに移って現代に至っている。
1929 年に結ばれたラテラノ条約のとりきめによって、イタリア政府は、バチカン市国外であってもサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂におけるバチカンの特別な権利を認めている。
「サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂」・wikipedia-photo、内部・wikipedia-photo  (wikipedia・サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂より)]

エスクイリーノのオベリスク – 岡本正二のホームページ」、「サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂平面図

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サンタ・マリーア・マッジョーレ教会 – Google Map 画像リンク」「パオリーナ礼拝堂 – Google Map 画像リンク」「Cappella Sistina di Santa Maria Maggiore – Google Map 画像リンク」「Obelisco Esquilino – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向がサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂です。

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂正面ファサードのカメラで、大聖堂内のストリートビューになっています。

カメラ東南東方向がサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂アプスで、聖堂前にオベリスクがあります。このオベリスクはアウグストゥス廟から移設されたものです。

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂拝廊のカメラです。(平面図 5 と 6 の間)

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂身廊のカメラです。

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂祭壇前のストリートビューで、カメラ下方向が高祭壇下礼拝堂です。(平面図 15 ・ 17 )

平面図 14 高祭壇下礼拝堂

平面図 14 ・ 16 内陣のカメラです。

平面図 10 システィーナ礼拝堂のカメラです

平面図 18 パオリーナ礼拝堂のカメラです。

平面図 7 洗礼堂のカメラです。

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