ジェズ教会

マーカーはジェズ教会です。

ジェズ教会
[ジェズ教会(イタリア語: Chiesa del Gesu )は、かつてイエズス会の本拠地(母教会)だった教会である。そのファサードは「世界初の真のバロック様式のファサード」と言われている。世界中のイエズス会の教会はこの教会をモデルとしており、アメリカ州の教会にその傾向が強い。
1551年、イエズス会を創立した聖イグナチオ・デ・ロヨラが構想した。彼は宗教改革とその後の対抗宗教改革の時代に活躍した人物で、ジェズ教会はイエズス会総長の住まいとしても使われたが、1773年にイエズス会の活動禁止令が出されたため、イエズス会はジェズ教会が使えなくなった。後にイエズス会はこれを取り戻して隣接するパラッツォも入手し、イエズス会士の聖職を目指す優秀な学生を世界中から集めてそこに住まわせ、グレゴリアン大学に通わせている。
歴史
ミケランジェロが無償で設計することを申し出たが、イエズス会創立を認可したパウルス3世の孫アレッサンドロ・ファルネーゼが設計に出資した。最終的に実際の建設を指揮した建築家はジャコモ・バロッツィ・ダ・ヴィニョーラジャコモ・デッラ・ポルタで、ファサードについては当初ヴィニョーラの三層構造の均整のとれた設計だったが、後にデッラ・ポルタの強い垂直要素と結びついた動的に溶け合った緊張感のある設計に変更された。ヴィニョーラの採用されなかった設計は1573年に版画になっており、後世の建築家も見ることが出来た。
1568年にヴィニョーラの設計に基づいて着工し、1580年に完成した。この数々の革新的要素のある設計が20世紀まで続くイエズス会の教会の手本となった。ジェズ教会はトリエント公会議で公式化された新たな要求に基づいて設計された。まず拝廊がなくなった。訪問者が教会に入ると通路を挟まずに本堂に出る。このため、会衆が集まったとき注意が祭壇に集中するようになっている。礼拝堂は本堂と側廊で繋がっているのではなく、アーチ状の開口部で繋がっている。それらの入口部分は装飾的な手摺で仕切ることができる。翼廊は短く、その端にある祭壇が強調されている。
ジェズ教会・wikipedia-photo、ジョヴァンニ・バッティスタ・ガウッリ作の天井画 ・wikipedia-photo、内装・wikipedia-photo、「短縮された翼廊が雄大な礼拝堂として機能する。聖イグナチウスの礼拝堂」・wikipedia-photo  (wikipedia・ジェズ教会より)]

ジェズ教会平面図


1-ファサード、2-身廊、3-聖アンドリュー礼拝堂(Cappella di sant’Andrea)、4-情熱の礼拝堂(Cappella della Passione)、5-天使の礼拝堂(Cappella degli Angeli)、6-聖フランシスコ・ザビエルの礼拝堂(Cappella di san Francesco Saverio)、7-聖心の礼拝堂(Cappella del Sacro Cuore)、8-後陣、9-高祭壇、10-ストラーダの聖母礼拝堂(Cappella della Madonna della Strada)、11-聖イグナチオの礼拝堂(Capella di sant’Ignazio)、12-三位一体の礼拝堂(Cappella della Santissima Trinità)、13-聖家族の礼拝堂(Cappella della Sacra Famiglia)、14-聖フランシスコ・ボルハ礼拝堂(Cappella di san Francesco Borgia)、15-ドーム、16-聖具室、17-聖具室

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カメラ東方向がジェズ教会です。

ジェズ教会拝廊のカメラで、天井にジョヴァン・バティスタ・ガウリ(Giovan Battista Gaulli)による『イエスの名の勝利(Trionfo del Nome di Gesù)』が描かれています。

ジェズ教会身廊のカメラです。

カメラ位置は翼廊で、カメラ西方向にイグナチオ・デ・ロヨラに捧げられた「聖イグナチウス礼拝堂」があり、カメラ東方向には「聖フランシスコ・ザビエル礼拝堂」があります。
[右の翼廊にあたる大きめの礼拝堂は「聖フランシスコ・ザビエル礼拝堂」がある。ピエトロ・ダ・コルトーナの設計である。多彩色の大理石に囲まれた化粧しっくいのレリーフには「天使によって天国に迎えられるザビエル」が描かれている。祭壇飾りはカルロ・マラッタ(Carlo Maratta)による「上川島でのザビエルの死」である。アーチ上の装飾にはザビエルの生涯が描かれている。銀の聖遺物箱にはザビエルの右腕の一部が保存されており、残りはインドのゴアにあるイエズス会の教会に埋葬されている。
左の翼廊の「聖イグナチウス礼拝堂」はこの教会の中でも最高傑作とされており、アンドレア・ポッツォが設計した。そこにはイグナチオ・デ・ロヨラが埋葬されている。ポッゾが設計した祭壇は「三位一体」を表しており、ラピスラズリで装飾された4本の円柱が Pierre Legros 作の聖イグナチウスの巨大な像を取り囲んでいる。ただしこの像は後世の複製でアントニオ・カノーヴァの工房で働いていた Adamo Tadolini の作と言われている。本物はピウス6世(在位:1775年 – 1799年)がナポレオンへの戦争賠償金を支払うためという名目で溶かした。もともとはジャコモ・デッラ・ポルタが設計したが、後に祭壇の設計を公募し、ポッゾの設計案が勝利した。聖イグナチウスの遺骨を納めた聖遺物箱はアルガルディの制作した青銅製で、その左右に「異教を打倒するキリスト教」という像と「邪教を打倒するキリスト教の信仰」という像がある。日中、聖イグナチウスの像は大きな絵で隠されているが、毎日17:30になると大音響の音楽と共に絵が下にスライドし、像が現れてスポットライトで照らされる。  (Wikipedia・ジェズ教会より)]

ジェズ教会祭壇前のカメラです。

「Madonna Della Strada の礼拝堂」 – 身廊の一番奥、主祭壇の左にある最後の礼拝堂は「Madonna Della Strada の礼拝堂」と呼ばれている。これは現存しない教会で見つかった中世のイコンに由来する名称で、聖イグナチウスがそれを敬慕していたという。内装は聖母の生涯を描いている。(Wikipedia・ジェズ教会より)

「三位一体の礼拝堂 (Cappella della Santissima Trinità)」 – 左側の第三の礼拝堂は、フランチェスコ・バッサーノ(Francesco Bassano the Younger) による祭壇飾りから「三位一体の礼拝堂 (Cappella della Santissima Trinità)」と呼ばれる。この礼拝堂のフレスコ画は1588年から1589年に主に3人の画家が完成させたもので、それぞれの作者はよくわかっていない。しかし、天地創造の絵や壁柱の天使たち、その他のフレスコ画はジョヴァンニ・バティスタ・フィアメリ( Giovanni Battista Fiammeri )の作と言われている。左の壁の「キリストの変容」と右の「アブラハムと3人の天使」はドゥランテ・アルベルティ( Durante Alberti )の作とされている。残る1人はヴェントゥーラ・サリンベーニ( Ventura Salimbeni )である。祭壇の上の聖遺物箱には、1657年に殉教し1938年にピウス11世(在位:1922年 – 1939年)によって列聖されたポーランド人イエズス会士アンジェイ・ボボラ( Andrew Bobola )の右腕が納められている。(Wikipedia・ジェズ教会より)

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