ディオクレティアヌス浴場

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    ディオクレティアヌス浴場
    [ディオクレティアヌス浴場(Thermae Diocletiani)は、ローマ帝国皇帝ディオクレティアヌスが306年に建設した公衆浴場。ローマ帝国でも最大かつ最も豪華な浴場で、ゴート族が537年に水道供給を絶つまで使われ続けていた。大きさではカラカラ帝のカラカラ浴場と同程度で、南西に面していたためカルダリウム太陽エネルギーで暖め、フリギダリウムにはその熱が影響しない構造になっていた。浴場の建物は以下のような教会などに流用されたため、それなりの部分がそのまま保存されている。
    ●サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会(Santa Maria degli Angeli e dei Martiri) – 共和国広場に面した湾曲した入口がカルダリウム部分、テピダリウムとナタティオの一部は拝廊に、フリギダリウムは翼廊身廊に転換されている。フリギダリウム部分のヴォールトは古代ローマのものをそのまま使っている。
    ●サン・ベルナルド・アッレ・テルメ教会(San Bernardo alle Terme) – エクセドラを挟んで2つあった円柱型の塔のうちの1つを再利用している。
    ●浴場入口とメインホール部分がローマ国立博物館の一部になっている。
    ●’octagonal aula’(八角形のホール)はプラネタリウムとして1980年まで使われていた。現在はローマ国立博物館の一部である。
    浴場の他の遺構はいくつかの通りで見られる。
    サン・ベルナルド・アッレ・テルメ教会は浴場の矩形の境界内の南西の壁に接するように建っていた2つの円形の塔のうち1つを再利用している。2つの塔の間には同じ壁の一部として大きなエクセドラがあったが、現在は共和国広場の配置からその外形が想像できるだけである。

    平面図

    1:カルダリウム, 2:テピダリウム, 3:フリギダリウム, 4:ナタトリウム(水風呂),5:パレストラ(運動場), 6:入口, 7:エクセドラ

    「サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会のエントランスは、ディオクレティアヌス浴場のテピダリウムに作られた。」・wikipedia-photo、「サン・ベルナルド・アッレ・テルメ教会」・wikipedia-photo  (wikipedia・ディオクレティアヌス浴場より)]

    ローマ国立博物館 ディオクレティアヌスの浴場跡 – Google Map 画像リンク」、「Historical Museum of teaching Mauro Laeng – Google Map 画像リンク」、「Aula ottagonale delle Terme di Diocleziano – Google Map 画像リンク

    カメラ位置は共和国広場で、共和国広場はディオクレティアヌス浴場の7:エクセドラ部分にあたり、カメラ北東方向がサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会の入口で1:カルダリウム部分を利用しています。

    カメラ北北東方向がディオクレティアヌス浴場の八角形のホール

    ディオクレティアヌス浴場の八角形のホール内のカメラです。

    カメラ南東方向がサン・ベルナルド・アッレ・テルメ教会で、ディオクレティアヌス浴場の2つの円形の部屋の1つ(北西角)を利用しています。

    サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会拝廊(前室)はディオクレティアヌス浴場の2:テピダリウムを利用しています。

    サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会翼廊はディオクレティアヌス浴場の3:フリギダリウム部分を利用しています。カメラ位置はサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会翼廊で、翼廊のヴォールトはディオクレティアヌス浴場のものを利用しています。カメラ東北東方向が正面祭壇です。

    [「サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会の南壁にあるグノモンは、太陽の画像を正午ごとに天文学者フランチェスコ・ビアンキーニ(Francesco Bianchini)による日時計に投影します、日時計は2002年に建設から100周年を迎えましたが、現在でも稼働しています。」・wikipedia-photo、「フランチェスコ・ビアンキーニによって作られた子午線ソーラーライン」・wikipedia-photo]

    祭壇前のカメラで床に天文学者フランチェスコ・ビアンキーニによる日時計があり、カメラ北方向(実際には南方向)の柱上にグノモンが見えます。

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