バチカン美術館、バチカン図書館

マーカーはバチカン美術館です。

バチカン美術館
[カトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂の北側に隣接するバチカン宮殿の大部分を占める巨大な美術館である。500年以上の歴史をもつバチカン美術館は、新旧さまざまな美術館の複合体であり、イタリア語の館名は単数形のMuseoではなくMuseiと複数形になっている。公式の館名は「教皇の記念物・博物館・ギャラリー」(伊:Monumenti, Musei e Gallerie Pontificie/英:Pontifical Monuments, Museums and Galleries)と言う。古代(ギリシャ・ローマ)彫刻、エジプト美術、エトルリア美術、現代キリスト教美術などの専門美術館のほか、ミケランジェロの絵画で知られるシスティーナ礼拝堂、バチカン図書館、中世の教皇庁の建物の一部(「ボルジア家の間」、「ニコラウス5世の礼拝堂」、「ラファエロの間」などを含む)も見学コースに含まれ、これらを総称して「バチカン美術館」と称している。キリスト教美術のみならず、古代ギリシャなどの異教の美術や、世界各地の民族美術なども幅広く収集展示されている。 2003年からは「目の不自由な人が、触わることで貴重な美術品にアプローチしてほしい」と言うことから予約をすれば一部の芸術品に触れることが可能になっている。
なお、2014年以降のガンドルフォ城の開放が始まったことに伴う各種取扱も、当美術館が担当している。
ヴァチカン美術館の起源は、枢機卿ジュリアーノ・デッラ・ローヴェレ(のちのユリウス2世、在位1503年 – 1513年)の古代彫刻コレクションにまでさかのぼる。1506年1月14日にローマのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂近くの葡萄畑(ローマ皇帝ネロの大宮殿ドムス・アウレアの近く)で発掘された古代の彫像群『ラオコーン』が美術館建設の発端となった。1503年に教皇に選出されたユリウス2世は、当時ヴァチカンで働いていたジュリアーノ・ダ・サンガッロとミケランジェロ・ブォナッローティを発掘調査のため現場へと急行させた。そして彼らの助言に従って、教皇は葡萄畑の所有者からこの彫像群を購入した。その一カ月後に『ラオコーン』はヴァチカンにおいて公に展示されるに至った。その後、同教皇はヴァチカン宮殿内の「ベルヴェデーレの中庭」に、枢機卿時代に自らが収集していた『ベルヴェデーレのアポロン』などの古代彫刻を配置した。
歴代のローマ教皇は同時代の芸術家を手厚く保護し、また多くの美術品を収集した。こうして18世紀後半にはベルヴェデーレの中庭を含むピオ・クレメンティーノ美術館が成立した。19世紀にはエジプト美術館、エトルリア美術館、世俗美術館、キリスト教美術館などが次々に増設され、20世紀に至るまでバチカン美術館の拡大は続いた。
ピオ・クレメンティーノ美術館(Pius and Clementine’s Museum)
クレメンス14世(在位1769年 – 1774年)により1771年に設立され、元々古代、ルネサンス期の美術品に特化していた。その後、ピウス6世(在位1775年 – 1799年)により拡張された。今日、ギリシャ・ローマ彫刻を展示する。
馬車博物館
1973年、パウロ6世(在位1963年 – 1978年)により「バチカン歴史博物館」として開館。1985年に博物館本体はラテラノ宮へ移転し、歴代教皇使用の馬車、自動車の展示のみがヴァチカンに残った。
キアラモンティ美術館
美術館の名は、19世紀初めに美術館を創設したキアラモンティ家出身のピウス7世(在位1800年 – 1823年)に由来する。アーチ型の広大な展示室からなり、その側面には古代彫刻、石棺、フリーズなど1,000点あまりが展示されている。新館には、プリマポルタのアウグストゥスのような著名な彫刻が展示されている。キアラモンティ美術館の古館には、3000点以上から成る石碑を収蔵・展示しており、世界一の石碑コレクションを誇る。しかし、研究等を目的とする見学には、事前の請求が必要である。
教皇宮殿内の居室および広間
●ラファエッロの間
「ボルゴの火災の間」「署名の間」「ヘリオドロスの間」「コンスタンティヌスの間」から成る。これらの部屋にはユリウス2世(在位:1503年 – 1513年)の命でラファエッロが1508年 – 1524年にかけて壁画を制作した。「署名の間」の『アテナイの学堂』はラファエッロのと言うよりは西洋古典絵画のもっとも著名な作品の一つであろう。
「バチカン美術館の出入口近くに据えられた二重らせん階段、上りと下りが一体化している」・wikipedia-photo、「バチカン美術館の中庭 (Cortile della Pigna)。Pignaとは写真中央に見える松ぼっくりの意味」・wikipedia-photo、「アダムの創造(部分) ミケランジェロ(システィーナ礼拝堂)」・wikipedia-photo、「キリストの変容(部分) ラファエッロ(絵画館)」・wikipedia-photo  (wikipedia・バチカン美術館より)]

バチカン図書館
[バチカン図書館は1448年にニコラウス5世_(ローマ教皇)(在位:1447年 – 1455年)より、彼の所有物と共に先代教皇から代々受け継がれた350点にも及ぶギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語の古写本を合わせ、設立された。ニコラウス5世のコレクションの中には、コンスタンティノポリスの帝国図書館に所蔵されていた文書もあった。1481年に図書館の初代館長を務めていたバルトロメオ・プラティナが図書目録を製作した際、図書館の蔵書数は3500点を数え、西洋でより一層大きな図書館となった。およそ1587年頃、シクストゥス5世_(ローマ教皇)(在位:1585年 – 1590年)は図書館の新館を建設すべく、イタリアの建築家ドメニコ・フォンターナに建設を依頼した。この時建てられた建物が現在の姿である。
「バルトロメオ・プラティナをバチカン図書館初代館長に任命するシクストゥス4世(在位:1471年 – 1484年)のフレスコ画。およそ1477年頃、メロッツォ・ダ・フォルリ作(バチカン美術館蔵)。」・wikipedia-photo  (wikipedia・バチカン図書館より)]

時間がない人必見!バチカン美術館でこれだけは押さえておきたい …」、「ヴァチカン博物館」、「2012.5月 歴史と遺跡の街ローマを歩く…ヴァチカン博物館徹底解剖

ヴァチカン美術館 – Google Map 画像リンク」、「ブラマンテ階段 – Google Map 画像リンク」、「Cortile Della Pinacoteca – Google Map 画像リンク」、「Pius and Clementine’s Museum – Google Map 画像リンク」、「Chiaramonti Museum – Google Map 画像リンク」、「Braccio Nuovo – Google Map 画像リンク」、「Galleria delle carte geografiche – Google Map 画像リンク

カメラ東南東方向がバチカン美術館の当日券購入者入り口で、カメラ南方向が予約者専用入口と出口です。バチカン美術館の出入口近くに二重らせん階段(ブラマンテ階段・Bramante_Staircase)があります。

バチカン美術館の出入口近くの二重らせん階段(ブラマンテ階段)のカメラです。

ピーニャ(松ぼっくり)の中庭のカメラで、カメラ初期設定方向がピーニャ(松ぼっくり)、反転するとアルナルド・ポモドーロ作による「球のある球体」、その先が新回廊(Braccio Nuovo)になります。

キアラモンティ美術館(Chiaramonti Museum)、横たわるナイル河の擬人像前のカメラです。

新回廊(Braccio Nuovo)・カメラ北北西方向にアウグストゥスの妻リウィアが隠居していたプリマポルタのリウィアのヴィラ跡から1863年に発見された。「プリマ・ポルタのアウグストゥス帝」があります。

18世紀、ミケランジェロ・シモネッティ(Michelangelo Simonetti)によって造られた「ベルヴェデーレの中庭(八角形の中庭)」のカメラです。

「ベルヴェデーレの中庭(八角形の中庭)」にある美術館建設の発端となったラオコーン像前のカメラです。

「ベルヴェデーレの中庭」にある「ベルヴェデーレのアポロン」(Apollo Belvedere)前のカメラです。

カメラ位置はピオ・クレメンティーノ美術館ムーサ達の間(ミューズの間)で、カメラ東南東方向が動的ポーズがミケランジェロを驚嘆させたと言われる作品「ベルヴェデーレのトルソ(Belvedere Torso)」(紀元前1世紀頃制作・15世紀初頭の発見)です。天井のフレスコ画は「ムーサたちの間の天井画」トンマーゾ・コンカ(Tommaso Conca)作(制作:1782–87)で、アポロンとムーサ達が描かれています。

カメラ位置はピオ・クレメンティーノ美術館円形の間です。

カメラ位置はギリシャ十字の間で、カメラ西北西方向がコンスタンティヌス1世(在位:306年-337年)の娘コンスタンティア(Constantina)の石棺で、カメラ東方向がコンスタンティヌス帝の母である聖ヘレナの石棺です。
[さて隣の「ギリシャ十字の間」へ移動しましょう。こちらにはローマ郊外、Villa della Rufinellaで発見されたモザイク。ギリシャ神話の女神、アテナの胸像が中心にあり、四方を男性像が支えています。  (「東京都コラム 荒木智子「モザイク モザイク」 – Vol.09 モザイク旅 …」より)]

カメラ位置は「地図の間(Galleria delle Carte geografiche)」です。

カメラ位置は『コンスタンティヌスの間』で、カメラ初期設定方向が「十字架の出現」で、カメラを反転すると「コンスタンティヌス帝の洗礼」、反転右方向が「コンスタンティヌスの寄進状」、左方向に「ミルウィウス橋の戦い」があります。

カメラ位置は『ヘリオドロスの間』で、カメラ初期設定方向の絵は「ヘリオドロスの神殿からの追放」で、カメラを反転すると「大教皇レオとアッティラの会談」、反転右方向が「聖ペテロの放免」、左方向に「ボルセーナのミサ」があります。

カメラ位置は『署名の間』で、カメラ初期設定方向が「聖体の論議」で、カメラを反転すると「アテナイの学堂」、反転右方向に「枢要徳」、左に「パルナッソス山」があります。

馬車博物館のカメラです。

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