フォロ・ジュリアーノ(カエサルのフォルム)

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フォロ・ジュリアーノ(カエサルのフォルム)
[フォロ・ジュリアーノ(伊: Foro Juliano )またはフォロ・ディ・チェーザレ(Foro di Cesare)は、ローマにある古代ローマの遺跡。フォロ・ジュリアーノは、ラテン語の古名フォルム・ユリウム(Forum Julium)のイタリア語読みである。フォロ・ロマーノに隣接し、遺跡のほぼ全体を見ることができる。紀元前1世紀に、ガイウス・ユリウス・カエサルによるフォロ・ロマーノの北西部再建計画の一環として建設されたもので、いわゆる皇帝たちのフォルムと呼ばれるものの先駆であった。フォロ・ロマーノと同じく、西ローマ帝国滅亡後は土砂に埋もれ、その存在は忘れ去られていた。
フォロ・ジュリアーノは、ユリウス・カエサルによって建設されたフォルムである。彼はフォルム建設のため、土地の買収を紀元前54年から開始したが、建設を含めたその資金は6000万セステルティウスにのぼったとされている。土地の買収だけでも相当の費用が嵩んだため、ネルウァ帝のフォルムを除く他の皇帝のフォルムに比べると敷地は小さく、ウェヌス・ゲネリクス神殿を除けば、バシリカなどの公共施設は併設されていない。紀元前46年9月26日、ウェヌス神殿が完成。このとき、フォルム全体は未完成で、紀元前44年3月15日のカエサル暗殺とその後の混乱によって工事は中断したが、後継者でローマ帝国初代皇帝となったアウグストゥスによって引き継がれ完成した。ウェヌス神殿は、80年のローマ大火によって破壊してしまったため、トラヤヌス帝によって113年5月12日に再建された。しかし、283年に、やはり火災により再度焼失した。現在の遺跡は、その後ディオクレティアヌス帝によって再建されたものである。
「フォロ・ジュリアーノ。列柱回廊の先に、ウェヌス神殿の3本の柱が見える。」・wikipedia-photo


[皇帝たちのフォルム内での位置(黄色)]


[4世紀頃の皇帝たちのフォルム・中央左側の細長いエリアがフォロ・ジュリアーノです。]

    (wikipedia・フォロ・ジュリアーノより)]

カエサルのフォロ – Google Map 画像リンク

カメラ初期設定方向がカエサルの像です。

カメラ西方向・ウェヌス神殿の3本の柱、そこの付近から南東方向がフォロ・ジュリアーノ(カエサルのフォルム)です。

カメラ前からウェヌス神殿の3本の柱方向がフォロ・ジュリアーノ(カエサルのフォルム)です。

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