ミルヴィオ橋

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ミルヴィオ橋
[紀元前206年、執政官ガイウス・クラウディウス・ネロメタウルスの戦いカルタゴ軍を撃退した後にこの橋を建設した。紀元前115年、執政官マルクス・アエミリウス・スカウルスが同じ場所に新たに石造りの橋をかけ、以前の橋を取り壊した。312年、コンスタンティヌス1世(在位:306年 – 337年)が強力なライバルだったマクセンティウス(在位:306年 – 312年)をこの橋とサクサ・ルブラの間で撃破した。世に言うミルウィウス橋の戦いである。中世になると Acuzio という修道士が橋を修理している。1429年、マルティヌス5世(在位:1417年 – 1431年)が建築家 Francesco da Genazzano に命じて崩壊していた橋を再建させた。18世紀から19世紀にかけて、2人の建築家ジュゼッペ・バラディエールと Domenico Pigiani がこの橋に手を加えている。2006年後半になって、この橋の上の街灯に愛を記した南京錠をかけると結ばれるという噂が広まり、カップルが集まるようになった。このとき、2人で南京錠をかけた後、川に背を向けて鍵を投げ入れるという儀式になっている。この儀式を考案したのはイタリアの作家 Federico Moccia で、”I Want You” という小説および映画(2007年、イタリアで公開)で使われていた。2007年4月13日、無数の南京錠をかけられた街灯がその重みで折れてしまった。そのため、代替としてヴァーチャルに南京錠をかけられるウェブサイトが作られた。2007年7月、市長が新たに鉄骨の柱を設置し、南京錠をかけられるようになった。
テヴェレ川にかかるミルヴィオ橋・wikipedia-photo、18世紀の版画(ピラネージ作)・wikipedia-photo  (wikipedia・ミルヴィオ橋より)]

フラミニア街道
[アウレリアヌス城壁内のローマでは、ポポロ広場がフラミニア街道の出発点となっている。フラミニア街道はガイウス・フラミニウスケンソルを務めていた紀元前220年に建設された。文献によれば、ローマ帝国時代にも頻繁に改修が行われている。アウグストゥス(在位:紀元前27年 – 紀元14年)がローマ街道の全面的な改修を実施した際、各街道を元老院議員に分担させたが、フラミニア街道は自らが担当した。そしてローマの北3kmのところでテヴェレ川に架かっている ミルウィウス橋(紀元前109年にマルクス・アエミリウス・スカウルスが建造)と所在不明な Pons Minucius 以外の全ての橋を再建した。  (wikipedia・フラミニア街道より)]

カッシア街道
[カッシア街道(Via Cassia)は主要なローマ街道の1つ。ローマ近郊のミルウィウス橋付近でフラミニア街道から分岐し、Veiiに程近いところを通り、エトルリア地方を縦断している。  (wikipedia・カッシア街道より)]

ミルヴィオ橋 – Google Map 画像リンク

橋の北詰、カメラ南南東方向がミルヴィオ橋です。

ミルヴィオ橋中央部のカメラです。

橋の南詰、カメラ北北西方向がミルヴィオ橋です。

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