レギア

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レギア
[レギア(ラテン語: Regia)はイタリア ローマフォロ・ロマーノにある王政ローマ時代には王の執務室、また共和制ローマ帝政ローマ時代には最高神祇官の公邸であった建物のこと。ウェスタ神殿ディウウス・カエサル神殿アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿に囲まれた場所にあり、現在ではその基礎部分が残っているだけである。クリアと同じく、長い古代ローマ時代に何度も建て替えられ、最も古いものは王政時代まで遡ることができる。
伝説によれば、最初の建物は第2代の王ヌマ・ポンピリウス(紀元前750年 – 紀元前673年)の時代に王宮として建てられたそうである。このとき同時にウェスタ神殿、巫女たちの家なども建てられ、国の政治・宗教の中枢地区フォロ・ロマーノを形成した。
共和政ローマ時代には最高神祇官の公邸となり、(複数名が任命され権限が制限される執政官としてではなく、国で唯一名の最高神祇官の肩書を用いて国の統治を意図した)ガイウス・ユリウス・カエサル(紀元前100年 – 紀元前44年)も、この公邸の主となり国を統治した。
また、レギアは神官団の公文書館の役割も果たしており、祈祷や犠牲など宗教儀式に関する文書や聖なる日を定める暦、国事記録、結婚や死去、相続に関する記録文書などが保管されていた。
紀元前390年、前148年、前36年に火災等により焼失し再建されている。カエサル没後8年の前36年の焼失時には、アウグストゥス(在位:紀元前27年 – 紀元14年)の側近であったグナエウス・ドミティウス・カルウィヌスにより再建された。
現在見られる遺跡は、幾度もの焼失や倒壊を経て、当初とは別の位置に建て替えられたもので、変則的な形の中庭を持つ建物で、凝灰岩で舗装され木造屋根のポルティコを持った建物であった。この建物は7世紀から8世紀頃に一般住居に改築されていたと考えられている。
レギア遺跡跡・wikipedia-photo  (wikipedia・レギアより)]

フォロ・ロマーノ中心部の平面図

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Via Sacra
Via Sacra
パラティーノ

1:タブラリウム, 2:コンコルディア神殿, 3:ウェスパシアヌスとティトゥス神殿, 4:サートゥルヌス神殿, 5:セプティミウス・セウェルスの凱旋門, 6:ロストラ, 7:帝都ローマ基準点, 8:黄金の里程標, 9:ティベリウスの凱旋門, A:クリア・ユリア, B:コミティウム, C:ラピス・ニゲル, D:フォカスの記念柱, E:フォルム(広場), F:バシリカ・ユリア, G:バシリカ・アエミリア, H:カストルとポルックス神殿, J:カエサル神殿, K:アウグストゥスの凱旋門, L:アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿, M:レギア, N:ウェスタ神殿, P:ウェヌス・クロアキナ祠, Q:ヤヌス神殿

カメラ北北東方向・アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿前の遺跡跡がレギア遺跡です。

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