サン・ロレンツォ教会

マーカーはサン・ロレンツォ教会です。

サン・ロレンツォ教会
[サン・ロレンツォ教会 は、393年にサン・アンブローゼによって建てられた、フィレンツェでも最も古い教会の一つです。1060年、ロマネスク様式に再建されました。現在の教会は、フィリッポ・ブルネレスキによって、1423年に改築が始まりました。改築に当ってブルネッレスキは、全体に均整が取れた建築設計を提案しました。内部は、ロッソ・フィオレンティーノデジデーリオ・ダ・セッティニャーノドナテッロ、ブロンツィーノが手掛けました。  (「フィレンツェの有名建築物」より)]

[サン・ロレンツォ広場に面したBasilica di San Lorenzo(サン・ロレンツォ聖堂)は、258年にローマで拷問にかけられ殉教した聖人San Lorenzo(サン・ロレンツォ)を祀って393年にミラノ司教のAmbrogio(アンブロージョ)が献堂しました。約300年もの間、フィレンツェの大聖堂としての役割も果たした歴史ある教会です。
1060年頃にはロマネスク様式での拡張工事が行われ、司祭座聖堂参事会の中心として使用されました。1400年代初めには更なる拡張工事が行われ、その時資金を出した人の1人が当時この地区に住んでいたGiovanni di Bicci de’Medici(ジョヴァンニ・ディ・ビッチ・デ・メディチ1360~1429年)でした。彼は、世界史及びフィレンツェの歴史に欠かすことの出来ないメディチ家の中で最初に名を残した人物です。その後、ジョヴァンニ・ディ・ビッチ・デ・メディチの息子Cosimo de’Medici(コジモ・デ・メディチ又の名をIl Vecchio老コジモ1398~1464年)に工事は委ねられ、1464年に彼が亡くなりこの教会に埋葬された頃から、ここはメディチ家と結びつきが強い教会となりました。
建築には、Filippo Brunelleschi(フィリッポ・ブルネッレスキ1377~1446年)、Michelangelo Buonarotti(ミケランジェロ・ブオナロッティ1475~1564年)などの当時の有名建築家達が、教会内にはDonatello(ドナテッロ1386~1466年)、Filippo Lippi(フィリッポ・リッピ1406~1469年)、Domenico Ghirlandaio(ドメニコ・ギルランダイオ1449~1494年)、Pontormo(ポントルモ1494~1557年)、Rosso Fiorentino(ロッソ・フィオレンティーノ1495~1540年)、Agnolo Bronzino(アニョーロ・ブロンヅィーノ1503~1572年 本名:Agnolo di Cosimo di Mariano アニョーロ・ディ・コジモ・ディ・マリアーノ)などの作品があります。
茶色のファサードはLorenzo de’Medici(豪華王ロレンツォ1449~1492年)の第二子で法王になったLeone X(レオ10世1475~1521年、在位:1513年 – 1521年)が、1518年にミケランジェロに依頼したものです。技術面、資材調達の資金面がうまくいかず未完成ではありますが、サン・ロレンツォ教会の顔として立派に人々を出迎えています。  (「ボルゴ・サン・ロレンツォとサン・ロレンツォ広場イタリア情報サイト …」より)]

[「サン・ロレンツォ教会」・wikipedia-photo、「教会内部、主祭壇に向かっての写真」・wikipedia-photo]

サン・ロレンツォ聖堂 – Google Map 画像リンク」、「サグレスティア(聖具室)・ヌォーヴァ – Google Map 画像リンク」、「旧聖具室 – Google Map 画像リンク

カメラ位置はサン・ロレンツォ広場で、カメラ西南西方向がサン・ロレンツォ教会で教会の西側にメディチ家礼拝堂、南側にロレンツォ・メディチ図書館が接続しています。

カメラ西北西方向がサン・ロレンツォ教会ファサードです。

サン・ロレンツォ教会祭壇前のカメラです。

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