メディチ・リッカルディ宮殿(マージ礼拝堂)

マーカーはメディチ・リッカルディ宮殿です。

メディチ・リッカルディ宮殿(マージ礼拝堂)
[メディチ・リッカルディ宮殿は、コジモ・デ・メディチの要請で、1444年にミケロッツォ・ディ・バルトロメオにより建築開始されたこの宮殿は、1400年代フィレンツェの建築革新を示す豪華なルネッサンス様式の邸宅です。それはまた、当時のフィレンツェ共和国の真の貴族であったメディチ家の経済力の象徴でもあります。一階の大きな窓はミケランジェロのデザインによるもので、1516年のものです。貴族として、また、その後、フィレンツェ公として、メディチ家は1540年までそこに住み、1569年にトスカーナの初の大公となるコジモは、権力を示すフィレンツェ最大の記念碑ともいえるシニョリーア宮殿に自分自身をたとえつつ、そこへ移りました。ラルガ通りにあるこのメディチ・リッカルディ宮殿は、メディチ家の未亡人達や王子達に引き継がれ、1670年、富裕公爵家、リッカルディ家に買われ、宮殿拡張や部分的改装がなされました。バロック時代に、より美しくされた、ミケロッツォによる中庭以外にも、素晴らしいトスカーナ・バロック様式の、ギャラリーと呼ばれる大広間内部に、有名なナポリ出身の画家、ルカ・ジョルダーノがメディチ家の栄光を描いた1682年のフレスコ画の丸天井が注目に値します。 (「メディチ・リッカルディ宮殿」より)]

[ここのメインは2階にある小さな礼拝堂。
Benozzo Gozzoli(べノッツォ・ゴッツォリ)という画家の見事なフレスコ画で3方が埋め尽くされています。天井も装飾がされ、小さいながらも贅を尽くした素晴らしい礼拝堂です。
窓がなく扉もとても小さいので、全く日光が入り込むことがなかったこと、蝋燭が光源として利用されていた為に蝋燭の煤がフレスコ画の表面に付着していたことにより、逆にとても良い状態で保存されることとなったのです。1990年に完了した洗浄修復後、現在では、描かれたばかりかと思ってしまうような、美しい色彩を鑑賞することができます。  (「フィレンツェ見所案内 メディチ・リッカルディ宮殿 | La casa mia」より)]

[「メディチ・リッカルディ宮殿」・wikipedia-photowikipedia-photo、中庭・wikipedia-photo]

マージ礼拝堂 – Google Map 画像リンク

カメラ北西方向が、メディチ・リッカルディ宮殿です。

メディチ・リッカルディ宮殿中庭のカメラです。

メディチ・リッカルディ宮殿大広間のカメラです。

メディチ・リッカルディ宮殿マージ礼拝堂のカメラです。

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