聖ジェンナーロのカタコンベ、 マードレ・デル・ブオン・コンシーリオ教会

マーカーはマードレ・デル・ブオン・コンシーリオ教会です。

聖ジェンナーロのカタコンベ
[マードレ・デル・ボン・コンシリオ教会の近くにある通りからカタコンベに入ることができます。2世紀のこのカタコンベは歴史と初代キリスト時代の壁画で重要視されています。元は貴族の墓でしたが後に公共墓地となりました。ここは二階建てになっています。  (「聖・ジェンナロのカタコンベ – INAPLES – ナポリ観光労働組合」より)]

[南イタリア最大の、初期キリスト教時代の遺構と言われる地下墓地。ナポリの守護聖人、聖ジェンナーロが埋葬されていたことから、“サン・ジェンナーロのカタコンベ”と呼ばれる。ここにカタコンベが作られ始めたのは西暦3世紀。カタコンベ、地下墓地と言っても丘の中腹になるので、地下を掘り進んだわけではない。丘にトンネルを掘っていったという方が正確だと思う。そういう意味では掘り易かったということもあるのだと思うけれど、何と10世紀まで墓地として使われていたという。ナポリの考古学博物館からカポディモンテ美術館へ行く途中の、ローマサン・ピエトロ寺院を模したといわれるマードレ・デル・ブオン・コンシーリオ教会の左横の入口から入る。  (「パレルモの優雅な?生活 – Le Catcombe di San Gennaro」より)]

カタコンベ・ディ・サン・ジェンナーロ – Google Map 画像リンク

カメラ南方向がマードレ・デル・ブオン・コンシーリオ教会で、教会左がカタコンベ の進入門です。

カタコンベ入り口付近のカメラです。

カタコンベ内のカメラです。

聖ジェンナーロ
[聖ヤヌアリウス (Saint Januarius) または聖ジェナーロ (San Gennaro) は、カトリック教会正教会聖人殉教者致命者)。伝承によればヤヌアリウスは、ソルファターラ近隣の硫黄鉱山にあるポッツオーリの近くで、ディオクレティアヌス帝による迫害が行われていた西暦305年に逝去したとされている。彼はポッツォーリのプロクルス等、他の同志達と共に打ち首にされた。彼の遺体は後にナポリへと移され、そこで守護聖人となった。またイタリアでは聖ジェンナーロ (San Gennaro) と呼ばれる。正教会ではベネベントの神品聖致命者ヤンヌアリイと呼ばれる。
血の奇跡と畏敬
毎年液化すると噂されるその血液の奇跡を除くと、ヤヌアリウスの生涯や業績に関しての情報は非常に限られているが、カトリック教会と正教会(新暦)の教会暦の上では、9月19日に彼の祝祭日が定められている。何百年にも渡り保存されてきたヤヌアリウスの乾いた血液は、聖遺物箱の中の小さな容器に、安全に保管されている。毎年ヤヌアリウスの祝日や5月の第1日曜日前の土曜日に、彼の遺体の近辺へこれらの容器を持ってくると、乾いた血液は液状に変化するのである。
毎年、この催し物を一目見ようと、実に多くの人々がナポリ大聖堂に集まってくる。祈りや祈祷の最中に、主要祭壇にいる大司教がナポリの守護聖人である、聖ヤヌアリウスの乾いた血液が入っていると言われるガラスの小瓶を掲げ、それが液化したと言明するのである。この液化の宣言は、13世紀の建造物であるヌオーヴォ城において、21発の礼砲で迎えられる。
この儀礼は9月のヤヌアリウスの祝日の他に、5月と12月にも行われる。祝日に液化すると言われるこの「血液の奇跡」について、最初に言及されたのは1389年のことであった。
血液の液状化は、すぐに起こる場合や何時間もかかる場合があり、時に何日もかかることがある。
科学的調査
批評家は、奇跡的に液化するこの血には血液ではなく、オキシ水酸化鉄(FeO(OH))のようなチキソトロピーゲルがかなり含まれているのではないかと指摘する。こうした粘着性の物質は、刺激を与えずに置いておくと増幅し、かき混ぜたり動かしたりすれば減少して液化する。  (wikipedia・ヤヌアリウスより)]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*