カマラ・サンタ・デ・オビエド

マーカーはカマラ・サンタ・デ・オビエドです。

カマラ・サンタ・デ・オビエド( Cámara Santa de Oviedo )
[9 世紀、アルフォンソ 2 世が造らせた宮廷内の礼拝堂「神聖な部屋」で、現在はサン・サルバトル大聖堂の一部になっている。建築様式はプレ・ロマネスク様式。 1998 年 12 月に、ユネスコの世界遺産に指定された。オビエドとその周辺はイスラムに征服されなかったので、、西ゴート王国の様式を受け継いだ 8 ~ 10 世紀の建築物が残っている。アストゥリアス王国時代の教会は、プレ・ロマネスク様式と呼ばれ、後にヨーロッパ聖堂建築の一時代を築くロマネスク様式の先駆けとなった。  (「海外旅行DIYの勧め: オビエド 世界遺産プレ・ロマネスクの教会」より)]

[アルフォンソ 2 世が創建した礼拝堂(トレドからの聖遺物や宝物を納めるため)~ 12 世紀にロマネスク様式で改築~ 1934 年の 10 月革命で爆破されたが収蔵品は無事~復元された礼拝堂(下層は 9 世紀)。身廊に 6 対の円柱(12使徒の彫像~マッテオ作)  (「アストゥリアス・カンタブリア ロマネスク紀行」より)]

[カマラ・サンタ・デ・オビエドは、スペイン、アストゥリアス公国のオビエド大聖堂の集合施設内にある建物です。これは、9 世紀に建てられた、アストゥリアス時代のロマネスク様式の建物で、サン・ミゲルの古塔と一緒に、この大聖堂で最も古い建物です。その機能は、実際にはその建設以来現在保存されており、サン・ミゲルの古塔が建設された遺跡と大聖堂の宝物を守る役割を果たしてきました。
サン・ミゲル礼拝堂「神聖な部屋」は 2 つの重なり合った礼拝堂で接続されていますが、礼拝堂としての連続性はありません。 サンタ・レオカディア( Santa Leocadia )のクリプトと呼ばれる下部の礼拝堂とサン・ミゲル( San Miguel )の上部の礼拝堂は、どちらも年代順に初期のトーレ・デ・サン・ミゲル( Torre de San Miguel )と呼ばれる建造物に取り付けられています。現在では後の建物に埋め込まれているため、外部からは認識できません。 12 世紀、サン・ミゲル礼拝堂は、元の木製の丸天井を樽の丸天井に置き換えられました。内部には、身廊を支えるために追加された 6 対の円柱がロマネスク様式の 12 使徒で飾られています。これはそれ以来、建物の最も特徴的な装飾の 1 つです。 1934 年の大規模な鉱山労働者の蜂起アストゥリアス革命( Revolución de Asturias de 1934 )により、「神聖な部屋」は革命家のグループによって爆破されました。再建は忠実に行われ、すべての資料が再収納され、1942 年 9 月 6 日に再び奉献されました。
「神聖な部屋」には大聖堂の最も貴重な聖遺物・宝石が保管されています。勝利と天使の十字架は、二つともアストゥリアスとオビエドの街のシンボルで、数多くの聖遺物が収められた聖なる箱と聖骸布( Santo Sudario de Oviedo )が収めれています。 1977 年、「神聖な部屋」はこれらの宝石の盗難に苦しみ、1981 年に部分的に改築されました。改築された後、1984 年に聖遺物等が再び設置保管されました。
礼拝堂外壁側面の写真・wikipedia-photo、礼拝堂後方からの写真・wikipedia-photo、内部壁南側・wikipedia-photo、内部壁北側・wikipedia-photo、「天使の十字架を背景に、オビエドの聖骸布。」・wikipedia-photo、クリプト・wikipedia-photo]

カマラ・サンタ・デ・オビエド – Google Map 画像リンク」「Torre vieja de San Salvador de Oviedo – Google Map 画像リンク

カメラ北方向がカマラ・サンタ・デ・オビエドへの進入路の一つで、入口左がサン・ミゲルの古塔です。

カメラ北方向が礼拝堂で、カメラ東方向がサン・ミゲルの古塔になります。また、カメラ南方向がサン・サルバトル大聖堂への連絡通路になります。

カマラ・サンタ・デ・オビエド身廊のカメラで、身廊周囲には 12 使徒が装飾されている円柱があり、カメラ東北東方向左に天使の十字架、右に勝利の十字架があります。

聖なる箱と聖骸布前のカメラです。

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