アルカサーバ、べラの塔

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    アルカサーバ
    [アルハンブラ宮殿は構造的には一つの城塞都市であるが、当初から全体の形が計画されていたのではない。異なる時代に建てられた様々な建築物の複合体であり、時代により、建築様式や形状などが異なっている。その前半はムーア人王朝の栄枯盛衰と共にあり、9世紀末イベリア半島南部を版図としていた後ウマイヤ朝(756年 – 1031年)末期の、アルカサーバと呼ばれる砦が原形であると言われている。これは、アラブ人が農民の反乱軍からの防御壁として築いたものである。
    イスラーム教徒がイベリア半島に進出する前8世紀初頭まで、この地は西ゴート王国(415年 – 711年)の支配下にあった。711年、ウマイヤ朝(661年 – 750年)の北アフリカ総督であるムーサー・イブン=ヌサイルが武将ターリクに命じ、トレドまでを占領。その後数年で、イベリア半島全域がイスラーム圏となった。この地に、最初に栄えたのが後ウマイヤ朝であるが、このときの都はまだコルドバであり、グラナダの丘の上には軍事要塞アルカサーバだけが建てられていた。現在、アルハンブラの最も西の部分である。
    アルハンブラ宮殿・wikipedia-photo、アルカサバ・wikipedia-photo  (wikipedia・アルハンブラ宮殿より)]

    [アルハンブラ宮殿内では一番古い部分で、13世紀の要塞です。今は廃櫨となっていますが、全盛期には24もの塔があったと言われます。ベラの塔(Torre de la Vela)は、現存する一つで、ここに登ると、グラナダ市内、ヘネラリフェから遠くはシェラネバダ山脈まで、素晴らしいパノラマが展開します。  (「Granadaのアルハンブラ宮殿, スペイン: Granadaのモニュメント |日本 …」より)]

    [コルドバに首都があった後ウマイヤ朝(756~1031年)は、グラナダのこの丘にアルカサーバという砦(軍事要塞)を築きました。これが、アルハンブラ宮殿の原形だといわれます。軍事領域(ミリタリーゾーン)だったその砦は、裁きの門を潜り出た前方左手、アルハンブラ宮殿の最も西の部分に残されています。内部には、兵士たちの付属設備を周囲に従えたアルマス(武器)の広場やポルバラ(火薬)の塔、アダルべの庭園などがありました。  (「旅行記 ・アルハンブラ宮殿 - スペイン(1)」より)]

    Alcazaba – Google Map 画像リンク」「Torre de la Vela, Alhambra – Google Map 画像リンク」「Placeta de los Aljibes – Google Map 画像リンク

    アルカサーバの出入り口のストリートビューです。

    アルカサーバ内のストリートビューです。

    べラの塔上のカメラです。

    アルカサーバの出入り口壁北端上のストリートビューです。

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