コルドバ王立厩舎

マーカーはコルドバ王立厩舎です。

[コルドバは、スペインアンダルシア地方の中心部市。スペインは中世において長い間、イスラム教徒の支配を受けたが、コルドバは、そのイスラムの王朝である後ウマイヤ朝の時代に交易都市として栄えた。そしてイスラムはアラブの文化をヨーロッパにもたらしたが、その一つに馬があった。アラブ馬は、馬の血統を代表する一つだ。そして中世世界では、交通の手段として、また戦の戦力としても、優れた馬は欠かせない存在だった。そこで、馬の飼育が盛んになる。スペインには、カルトハーノという言葉があるが、これは馬の飼育場を意味している。そして、こうした中から、軍馬として名高いアンダルシア馬が生まれるのだ。  (「スペインシューズが着地した新たな地点」より)]

コルドバ王立厩舎(Caballerizas_Reales_de_Córdoba)
[コルドバ王立厩舎は、フェリペ2世_(スペイン王)の勅令によってディエゴ・ロペス・デ・ハロとソトマヨル(Diego López de Haro y Sotomayor)に委託され、1570年に建てられた王立厩舎です。
初代エルカルピオ侯爵(Marquesado del Carpio)は、グアダルキビール川のほとりにあるの土地で最高の種牡馬と牝馬をグループ化して育成をはかった。 これが、アンダルシア馬の品種生産の原点である。
コルドバ王立厩舎は1929年に国定歴史建造物と国家遺産に指定された。王立厩舎は1994年にユネスコによって世界遺産に登録されたコルドバ歴史地区に含まれる。
王立厩舎は街の城壁の間に位置し、教会が所有していた土地に建立された。また、キリスト教徒の王たちのアルカサルは、後ウマイヤ朝の元厩舎に建設された。後ウマイヤ朝時代の馬飼育は、ハカム1世(Alhakén I ・796年 – 822年)治世中にそのピークに達し、グアダルキビール川のほとりまで拡張し、2000頭の馬が飼育されていた。
王立厩舎は、1734年に建物が火災で完全に破壊された。フェリペ5世_(スペイン王)[1700年 – 1724年、1724年 – 1746年]は、すぐにその再建を遂行したいと考えたが、フェルナンド6世_(スペイン王)[1746年 – 1759年]時世下の11年にまで再建に着手できなかった。この再構築は、アーチ型のレンガ造りの丸天井を強化したが、正面玄関に置かれたカルロス3世_(スペイン王)[1759年 – 1788年]の紋章を除いて火災前の建物の内部と外部の構造が維持された。
フェルナンド7世_(スペイン王)[1808年、1813年 – 1833年]の治世まで王室財産だったが、その後国有となった。1866年以来、スペイン軍は、国防省の監督の下で1995年まで繁殖農場として、馬の繁殖の伝統を継続するように依頼された。
現在は建物全体がコルドバ馬術協会によって管理され一般に公開されているて、そこでは馬の実演ショーも行われている。見学は無料で、そこでは純血スペインのアンダルシア馬を見ることができます。
王立厩舎・wikipedia-photo]

Caballerizas Reales – Google Map 画像リンク

カメラ南南西方向がコルドバ王立厩舎エントランスです。

カメラ位置はコルドバ王立厩舎受付前です。

コルドバ王立厩舎内の360citiesです。

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