ボルジア宮殿(州議会)

マーカーはボルハ宮殿(州議会)です。

[Google アートプロジェクト] – 「ボルジア宮殿(州議会)」(ヘッダー画像右下のペグマンをクリックするとストリートビューが表示されます。)

ボルジア宮殿(州議会)
[1483年にガンディア公爵となったペドロ・ルイス・ボルジア(チェーザレ・ボルジアの兄)のために、1485年、ロドリーゴ・ボルジア(後のローマ教皇アレクサンデル6世(在位:1492年 – 1503年))によって購入されたボルジア家(ボルハ)の宮殿。もともとは1408年に建てられた学校だった。ペドロ・ルイスは周辺の家屋をも買い取り、宮殿の拡大に着手する。1520年、ホアン3世・ボルジアの下で完成、落成式が行われた。18世紀、アンナ・アントニア・ボルジア( Anna Antonia Maria Luisa de Borja)公爵夫人の死後、ガンディア公爵のタイトルはベナヴェンテ家(Benavente)に統合される。19世紀、宮殿はベニカルロ家(Benicarlo)に売却される。その名前が残りベニカルロ宮(Palacio de Benicarlo)とも呼ばれる。現在はバレンシア州議会(Cortes Valencianas)が置かれ、ボルジア宮やベニカルロ宮と言うよりもこちらの名の方が通っている。  (「チェーザレ・ボルジアとその周辺」より)]

[1975年から1978年の間の、スペインにおける民主主義再興の過程で、ナショナリズム政党とリージョナリズム政党が、スペインの特定の地方へ自治を与えるよう圧力をかけた。1978年憲法が、共通の歴史的・文化的つながりを持つ県から構成される自治協議会のための法的な道を開いた。スペインの歴史的な地方としてのバレンシア地方の認識の上で、そしてスペイン憲法第2章と一致しているのは、スペイン国家に含まれる『国と地方』に自治を与えるという部分である。1982年、バレンシアは、自治基本法を基盤とする初の自治州法を発布し、それは後でスペイン議会によって承認され、自治政府を持つ自治州となった。
自治体は全て、議院内閣制、すなわち行政府の中で政治的に組織されている。州首相は立法府(コルツ)の直接の支持に依存しており、立法府のメンバーは多数決によって州首相を選ぶ。
新しい自治法は2006年に発布された。バレンシア自治州政府(Comunitat Valencianaコムニター・バレンシアーナ)は、ジェネラリタ・バレンシアーナ(es:Generalidad Valenciana)によって代表されている 。ジェネラリタは3つの機関で構成されている。
●議会(es:Cortes Valencianas、コルツとも) – 定員92人の立法府。議員は、4年ごとに比例代表制普通選挙で選ばれる。
●自治州首相(es:Presidente de la Generalidad Valenciana – 信任投票を得てから選出される。バレンシアにおけるスペイン王の代理でもある。現在の第8代州首相は、シモ・プッチである。
●内閣(es:Consejo de la Generalidad Valenciana、バレンシア語ではconsell) – 執行権を持つ機関で、自治州首相と、州首相に任命された閣僚から構成される。
ジェネラリタは、バレンシア議会が創設した機関を統合することもできる。議会は、オンブズマン、公会計検査事務局、バレンシア文化会議、バレンシア言語アカデミー、司法顧問会議及び社会経済委員会の創設を承認した。
「コルツの所在地である、ボルハ宮殿」・wikipedia-photo  (wikipedia・バレンシア州より)]

Palace of the Borgias – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向がボルジア宮殿(州議会)です。

ボルジア宮殿(州議会)エントランスのストリートビューです。

州議会議場のストリートビューです。

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