トレド門

マーカーはトレド門です。

トレド門
[アルカラ門ほど有名ではありませんが、街の東からこれに張り合う現トレド門はいくらか新しく、その起源はジョゼフ・ボナパルト(Joseph Bonaparte)の時代まで遡ります。しかしながら、マドリードにはそれ以前にもトレド門が存在し、ラ・ラティーナ病院のそばに建っていました。これはフェリペ2世_(スペイン王)(Felipe II)統治下にシエルペ通り辺りに2つ目の門を建設するため、取り壊されました。この3つ目で最後の門の定礎がいつだったのかははっきりしていませんが、門の建設計画と着工に携ったのはナポレオン政府だったとする、メソネロ・ロマノス(Mesonero Romanos)の見解が有力とされています。しかしフェルナンド7世_(スペイン王)(Fernando VII)が王に返り咲くと計画は中断され、アントニオ・ロペス・アグアド(Antonio López Aguado)に新しいデザインが命じられました。アグアドはモニュメントの建設にコルメナル産の花崗岩を使用し、門は1827年に完成しました。中央の半円形アーチ1つとその両端に角のあるアーチ2つ、計3つのアーチからなるトレド門。中央アーチはイオニア式の柱頭を据える柱に支えられ、その他の柱はイオニア式の柱形となっています。マンサナーレス川を望む面の中央アーチの上には、バレリアノ・サルバティエラ( Valeriano Salvatierra)とラモン・バルバ(Ramón Barba)作とされるスペイン王国の権力を表す彫刻が、もう2つのアーチの上にも軍の戦勝記念碑が設置されました。門の反対側には、守護神によって掲げられたマドリードのエンブレムを見ることができます。 (「esMADRID.com – マドリードの門」より)]

プエルタ デ トレド – Google Map 画像リンク

カメラ北方向がトレド門です。

カメラ東方向がトレド門です。

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