旧教会

マーカーは旧教会です。

旧教会
[「旧教会」 (Oude Kerk) はデルフトを代表する教会のひとつです。教会の塔は、まるでピサの斜塔のように傾いていますが、中世に建設されて以来かわることなく堂々とした姿でそびえています。
1050年に建てられた木造の教会を礎とする「旧教会」。ゴシック建築の75mの塔、そして荘厳なステンドグラスと2つのパイプオルガンを持つ美しい教会です。
オランダの海軍提督だったピート・ハイン、マールテン・トロンプ、画家のヨハネス・フェルメールなど歴史的著名人の霊廟や墓があることでも知られています。
この教会は、過去何年にもわたって増築と改修を繰り返しましたが、地盤沈下を防ぐことは出来ませんでした。アウデデルフト運河からは、運河越しに傾いた「旧教会」が見え、絶好の写真スポットになっています。デルフトの旧教会と新教会の入場料は、共通チケットになっています。  (「オランダ政府観光局 – デルフトの旧教会」より)]

[Oude Jan(「Old John」)とScheve Jan(「Skewed John」)の愛称で呼ばれるOude Kerk(旧教会)は、オランダのデルフトの旧市街にあるゴシックプロテスタント教会です。その最も顕著な特徴は、垂直から約2メートル傾いた高さ75メートルのレンガの塔です。
旧教会は、1246年に聖バルトロマイ教会として設立され、2世紀前に遡る以前の教会の跡地にあります。レイアウトは、2つの小さな通路に挟まれた身廊を備えた伝統的なバシリカのレイアウトに従いました。
中央の尖塔と4つのコーナータレットを備えたタワーは、1325〜50の間に追加され、新教会が高さを超えるまで1世紀半にわたって町の景観を支配しました。
建設中、基礎は建物を支えるほど強くなく、教会は傾き始めました。作業が進むにつれて、建設業者はタワーの各層の傾斜を補おうとしましたが、今日まで真上にあるのは上部の4つのタレットのみです。 タワーのスペースを確保するために、隣接する運河のコースをわずかにずらさなければならず、傾斜を引き起こす不安定な基礎が残った可能性があります。
14世紀の終わりまでに、側面の通路が身廊の高さまで拡張されたため、建物はホール教会に変わり、聖ヒッポリュトスに再捧げられました。教会は再び典型的なバジリカ断面を取り、約1425年から1440年の間に高い身廊が建設されました。
1536年のデルフトの町の火事と宗教改革の混乱により、マスタービルダーのケルダーマン家(Keldermans family)の2人のメンバーが率いる野心的な拡張プロジェクトが途中で終了しました。この建設段階では、古い部分とはスタイルが著しく異なる、平屋根で石壁の北側翼廊ができました。
1654年の大火、図像破壊、天気、町の火薬店の爆発(Delft Explosionを参照)は、教会とその家具に損害を与え、長年にわたって多くの修理作業を必要としました。ある改修中に、タワーのタレットは下の傾斜したボディよりも垂直方向に再構築され、タワー全体がわずかにねじれた外観になりました。現在のステンドグラスの窓は、20世紀半ばにガラス職人のジョープ・ニコラス(Joep Nicolas)によって製作されました。
教会には、1857年(主オルガン)、1873年(北通路)、1770年(クワイヤ)の3つのパイプオルガンがあります。1570年に鋳造され、トリニタスロック(Trinitasklok)またはブルドン(Bourdon)と呼ばれる塔で最も大きな鐘の重量は約9トンであり、その強力で潜在的に損傷を与える振動のため、近くの新教会オランダ王室のメンバーの埋葬のような特別な機会にのみ鳴らされます。大規模なベルは、災害時に地元の空襲サイレンが鳴るときは鳴ります(ただし、全国の月間サイレンテストでは鳴りません)。
傾いた塔・wikipedia-photo、教会の内部・wikipedia-photo、2017年に改装中の旧教会・wikipedia-photo、上からの教会・wikipedia-photo]

旧教会 – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向が旧教会です。また旧教会左前の像はGeertrui van Oosten(wikipedia-photo)で、像について「2006冬 オランダの旅1(デルフト編) – 旅行のクチコミサイト フォートラベル」で詳しく紹介されています。

カメラ南東方向が旧教会です。

旧教会身廊のカメラです。

旧教会内のカメラです。

旧教会祭壇前のカメラです。

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