古美術書店ウンベルト・サバ

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古美術書店ウンベルト・サバ

ウンベルト・サバ(Umberto Saba)
[ウンベルト・サバ(Umberto Saba、 1883年3月9日 – 1957年8月26日)は、トリエステの国際的な地中海港にあるウンベルト・ポリ(Umberto Poli)に生まれたユダヤ系イタリア人の詩人・小説家です。
1900年、彼は作品「Umberto Chopin Poli」に署名して作詩を始めました。
出生地のポリ(Poli)は1910年に「サバ(Saba)」と変更され、1910年11月、彼の最初の詩集Poesieがサバ(Saba)という名前で出版され、その名前ウンベルト・サバ(Umberto Saba)は1928年に法的に彼の姓として認められました。
1911年の春、サバはフィレンツェで、影響力のある雑誌ラ・ヴォス(La Voce)に関係する人々と出会い、マリオ・ノヴァロ(Mario Novaro)とのコラボレーションを開始しました。
1919年、彼はトリエステに戻り、郵便配達員の中古書店を購入しました。この書店は、「La Libreria Antica e Moderna」と改名しました。
1939年にサバは、新たに宣言した反ユダヤ主義の法律の免除を求めましたが、カトリックの信仰である洗礼を受けを受けることに消極的だったので、彼の長年のアシスタントで友人であった、カルロ・チェルネ(Carlo Cerne)に本屋を売却しました。
1943年にイタリアと連合軍の間の停戦が発表されたとき、サバはトリエステから家族とともにフィレンツェに逃亡し、追放を避けるために次の12ヶ月間に11軒の隠れ場所を転々としました。
1946年、サバはヴィアレッジョ賞を受賞し、トリエステに戻りました。
1950年以降、彼はうつ病のため頻繁にアヘンを処方され、そのためアヘン中毒となり治療のためにローマの老人ホームに入院しました。
1953年、70歳でローマ大学から名誉博士号を授与され、アッカデーミア・デイ・リンチェイ(Lincean Academy)から賞を受賞しました。
1957年8月26日、ウンベルト・サバ(Umberto Saba)は妻が死亡した1年後で心臓発作の9カ月後にゴリツィアで死亡しました。享年74歳。]

・・・ 突堤アウダ―チェ、ウニタ広場、サバ書店 ・ トリエステ n.2 ・・

カメラ北東方向が古美術書店ウンベルト・サバです。

カメラ位置はVia S. Nicolò/Via Dante Alighieri交差点、カメラ南西方向がウンベルト・サバ像です。