ビルバオ市庁舎

マーカーはビルバオ市庁舎です。

ビルバオ
[アブリル山やアルチャンダ山では6,000年前の埋葬場が発見されており、マルマシン山の頂上付近では紀元前3世紀から紀元前2世紀頃とされる古代の集落跡が発見されている。ビルバオの旧集落をローマ帝国の学者プリニウスが言及した「アマヌン・ポルトゥス」、プトレマイオスが言及した「フラビオブリガ」であると主張する専門家もいる。
サン・アントン教会の真下からは、11世紀頃とされる古代の城壁が発見されている。1300年、ビスカヤ領主だったディエゴ・ロペス・デ・アロ5世(Diego López V de Haro)によってビルバオが建設された。町としての法的な地位を得たのは1300年6月15日(バリャドリッドにて)のことだが、カスティーリャフェルナンド4世に認められたのは1301年1月4日(ブルゴスにて)である。700周年の節目の年である2000年には、毎年6月15日が市制施行記念日に指定された。ディエゴ・ロペスはネルビオン川右岸、現在のベゴニャの位置にビルバオを建設し、権利の編纂や後の開発の基礎を証明する特権(ログローニョの特権)を与えた。
ビルバオは現在のスペイン地域に築かれた最初の町のひとつである。14世紀にはビスカヤ地方の約70%の町が開発されており、ポルトゥガレテは1323年に、オンダロアは1327年に、レケイティオは1335年に、ムンヒアとララベツは1376年に建設された。ビルバオはサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の途上にあったため、それにちなんでサンティアゴ教会(聖ヤコブの教会)が建設された。15世紀には町をめぐって貴族間の争いが起き、ネルビオン川が氾濫して3度の洪水被害に遭ったが、再建されると市街地は市壁を越えて成長を続けた。
1511年6月21日、カスティーリャ女王フアナはビルバオに領事館の建設を命じた。領事館はこの後何世紀にもわたり、町でもっとも影響力のある機関であり、ネルビオン川河口の管轄やインフラ改善に力を発揮した。領事館の管理下で、ビルバオ港はスペインでもっとも重要な港のひとつとなった。16世紀にはメリノ種の羊毛をヨーロッパ北部へ輸出する港となり、スペイン黄金時代には北スペインでの商業・金融の中心地となった。1577年には初めてビルバオに印刷機がもたらされ、1596年にはベトラサ博士によってバスク地方初の書籍である「Doctrina Christiana en Romance y Bascuence」(ロマンス語とバスク語によるキリスト教の教義)が出版された。ビスカヤ地方の政庁所在地はかつてベルメオにあったが、1602年にはビルバオが政庁所在地となった。つづく数世紀には、周囲の山々において鉄鉱石資源が発見され、イギリスやオランダに鉄鉱石が輸出された。17世紀末にはスペイン黄金世紀の終焉によりスペイン全体が経済的な危機に襲われたが、ビルバオは蓄積した富で経済危機を克服した。ビルバオは18世紀にも成長を続け、都市は過密状態となった。
19世紀、バスク地方はカルリスタ戦争(1833年 – 1876年)の重要な戦闘地のひとつとなり、カルリスタたちは自由主義経済都市を征服することを求めた。ビルバオは1835年から1874年までの間に3度も包囲されたが、いずれも陥落には至らなかった。1836年のルチャナの戦いは重要な戦いのひとつであり、自由主義派のバルドメロ・エスパルテロ将軍がカルリスタに勝利して町を解放した。19世紀から20世紀にかけてのビルバオは戦時中でも繁栄し、バスク地方の経済の中心に浮上した。この時期にはビルバオ初の鉄道が建設(1857年)され、ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)の前身であるビルバオ銀行が設立され、ビルバオ証券取引所が設立された。特にアバンド区の成長が目覚ましく、新しい通りや歩道、市庁舎、バスルト病院、アリアガ劇場などの近代的な建物が建てられた。人口は劇的に増加し、1880年の11,000人から1900年には80,000人となった。この時期には社会運動が起こり、特にサビノ・アラナによってバスク民族主義運動が台頭した。
共和国軍によって鎮圧された小規模な反乱がビルバオで起こったことでスペイン内戦(1936年7月 – 1939年3月)が始まった。1936年8月31日には初の爆撃を受け、翌月にはフランコ軍と提携したドイツ軍による爆撃を受けた。ビルバオは防衛のために要塞化されたが、1937年5月にはフランシスコ・フランコの国民党軍によって包囲され、6月19日に陥落した。プッツ将校はネルビオン川に架かるすべての橋の破壊を命じ、第5旅団の部隊が町を略奪した。内戦中にはバスク自治政府が設立され、ホセ・アントニオ・アギーレが初代レンダカリ(政府首班)となった。
スペイン内戦が終結すると、ビルバオは再び産業的な発展期に戻り、人口は着実に増加した。  (wikipedia・ビルバオより)]

カメラ北方向がビルバオ市庁舎です。

ビルバオ市庁舎のストリートビューです。

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