クリュニー中世美術館

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クリュニー中世美術館
[国立中世美術館 ― クリュニー浴場および館 (Musée national du Moyen âge – Thermes et Hôtel de Cluny); 略称「国立中世美術館」; 通称「クリュニー美術館 (Musée de Cluny)」) は、パリ5区カルティエ・ラタン)にある美術館で、中世の絵画、彫刻、宝飾品(金銀細工、象牙細工、琺瑯)、装飾写本ステンドグラスなどの宗教美術品、タペストリー、家具などの工芸品を所蔵・展示している。特に6枚の連作タペストリー『貴婦人と一角獣』、『黄金のバラ』、ガロ=ロマン時代の『船乗りの柱(Pilier des Nautes)』、柱頭、磔刑像・預言者像などで知られる。敷地はガロ=ロマン時代に建てられた浴場跡であり(クリュニー浴場(Thermes de Cluny))、クリュニー館(Hôtel de Cluny)と呼ばれる建物は13世紀にブルゴーニュクリュニー修道会の修道院長の別邸として建てられ、15世紀に全面的に修復・改装され、ほぼ現在の形になった。浴場跡の一部は現在も展示室として使われ、建物外側にある部分はサン・ミシェル通りから見ることができる。常設展・企画展のほか、中世の楽器を使った音楽会なども行われている。
クリュニー浴場
ガロ=ロマン時代の西暦1世紀から2世紀にかけて、現在のサン・ミシェル通り、サン・ジェルマン大通りから聖ジュヌヴィエーヴの丘に至る一帯に約6,000 m²のクリュニー浴場が造られ、当時は、カルダリウム (熱温浴場)、テピダリウム (微温浴場)、フリギダリウム (冷水浴場) の3種類があり、運動場や池、回廊も備えていた。現在、美術館の敷地に残っているのはフリギダリウムであり、浴場の排水に使われていた丸天井の地下道もある。
サン・ミシェル通りから見た浴場跡・wikipedia-photo、中世の庭から見た浴場跡・wikipedia-photo、地下道・wikipedia-photo、現在のフリギダリウム内部・wikipedia-photo
クリュニー館
クリュニー修道会は909年(または910年)にブルゴーニュ(当時のブルグント王国)に建設されたベネディクト派クリュニー修道院を拠点とする修道会であり、貧民救済と典礼の重視を訴え、修道院改革(クリュニー改革)を推進した。教皇直属の修道会としてパリアヴィニョンドルへと勢力を拡大し、やがて欧州全土に分院が建設された。パリのクリュニー館は13世紀にクリュニー修道院長の別邸として建てられ、15世紀末にクリュニー修道院長ジャック・ダンボワーズ(Jacques d’Amboise (religieux))により全面的に修復・改装された。現在もクリュニー館の銃眼にジャック・ダンボワーズの紋章が残されている。建築様式は後期ゴシックのフランボワイアン(火焔)様式で、特に礼拝堂のヴォールトにその特徴がよく表れている。中庭にはガーゴイルと滑車の付いた15世紀の井戸がある。
19世紀初頭のクリュニュー館・wikipedia-photo、クリュニュー館の門・wikipedia-photo、中庭から見た建物上部・wikipedia-photo、銃眼に残る修道院長ジャック・ダンボワーズの紋章・wikipedia-photo、ゴシック様式の礼拝堂のヴォールト・wikipedia-photo、中庭の井戸 (15世紀)・wikipedia-photo
クリュニー浴場および館の美術館
1832年、会計検査院の主任評定官で中世美術工芸の愛好家でもあったアレクサンドル・デュ・ソムラール(Alexandre Du Sommerard)(1779-1842) がクリュニー館の一部に居を構え、収集した作品をここに収蔵した。彼の死後、1843年に国がクリュニー館とデュ・ソムラールのコレクション約1,500点を買い取り、パリ市も国にガロ=ロマン時代の浴場と『船乗りの柱』を含む彫刻や宝飾品を国に譲渡した。さらに、サント・シャペルの使徒像やステンドグラスを含む多くの作品を収集し、同年、「クリュニー浴場および館の美術館」が設立され、アレクサンドル・デュ・ソムラールの息子エドモン・デュ・ソムラール(Edmond Du Sommerard)が初代館長に任命された。クリュニー館は建築家アルベール・ルノワール(Albert Lenoir)(1801-1891) により修復され、金具、門の錠前、塗装などはピエール・フランソワ・マリー・ブーランジェ(Pierre François Marie Boulanger) (1813-1891) が手がけた。
クリュニー浴場は1862年、クリュニー館は1846年にそれぞれ歴史的記念物に指定された。

エドモン・デュ・ソムラールはその後も『黄金のバラ』、バーゼル大聖堂の『アンテペンディウム』、『貴婦人と一角獣』、『荘園の暮らし』および『聖ステファノ伝』のタペストリー、グアラザールの宝物(Trésor de Guarrazar)などを収集してコレクションを増やし、1885年に死去したときには約11,000点に達していた。後継者のアルフレッド・ダルセル(Alfred Darcel)とエドモン・サリオ(Edmond Saglio)は中世の美術工芸品だけでなく、ルネサンス時代の装飾芸術品も収集したが、第二次世界大戦が勃発すると所蔵品はすべて倉庫に保管され、そのうち中世の作品群のみが戦後に再び展示され、ルネサンス時代のものは、アンドレ・マルロー文化相の提唱により、パリから北へ約15 kmのところにあるエクーアン城(Château d’Écouen)に移動し、国立ルネサンス美術館を開設することになった(1977年10月25日、開館)。
1992年、「クリュニー浴場および館の美術館」は「国立中世美術館 ― クリュニー浴場および館」に改名された。その後も改修工事が行われ、現在も一部(礼拝堂のある中世の館)改修中で2020年に完成する予定である。
国立中世美術館が入ったクリュニー館・wikipedia-photo、ピエール・ブーランジェの錠前・wikipedia-photo  (wikipedia・国立中世美術館より)]

貴婦人と一角獣
[貴婦人と一角獣(フランス語 : La Dame à la licorne)はフランスにあるタペストリー(つづれ織り)の6枚からなる連作である。制作年や場所は不明だが、パリで下絵が描かれ、15世紀末(1484年から1500年頃)のフランドルで織られたものとみられている。このタペストリーのテーマは不明だったが、現在では六つの感覚を示したものとされる。「味覚」、「聴覚」、「視覚」、「嗅覚」、「触覚」、そして「我が唯一つの望み」(A mon seul désir)である。「我が唯一つの望み」は謎に包まれているが、普通「愛」や「理解」と解釈されることが多い。六つのタペストリーはそれぞれ若い貴婦人がユニコーンとともにいる場面が描かれ、ほかに獅子や猿もともに描かれているものもある。背景は千花模様(ミル・フルール、複雑な花や植物が一面にあしらわれた模様)が描かれ、赤い地に草花やウサギ・鳥などの小動物が一面に広がって小宇宙を形作っており、ミル・フルールによるタペストリーの代表的な作例となっている。タペストリーの中に描かれた旗や、ユニコーンや獅子が身に着けている盾には、フランス王シャルル7世の宮廷の有力者だったジャン・ル・ヴィスト(Jean Le Viste)の紋章(三つの三日月)があり、彼がこのタペストリーを作らせた人物ではないかと見られている。このタペストリーは1841年、歴史記念物監督官で小説家でもあったプロスペル・メリメが現在のクルーズ県にあるブーサック城(Château de Boussac)で発見した。タペストリーは保存状態が悪く傷んでいたが、小説家ジョルジュ・サンドが作中でこのタペストリーを賛美したことで世の関心を集めることとなった。1882年、この連作はクリュニー美術館(中世美術館)に移され、現在に至っている。
「『貴婦人と一角獣』連作、パリ中世美術館での展示室」・wikipedia-photo、「味覚」(Le goût)・wikipedia-photo、「聴覚」(L’ouïe)・wikipedia-photo、「視覚」(La vue)・wikipedia-photo、「嗅覚」(L’odorat)・wikipedia-photo、「触覚」(Le toucher)・wikipedia-photo、「我が唯一つの望みに」(À mon seul désir)・wikipedia-photo   (wikipedia・貴婦人と一角獣より)]

国立中世美術館 – Google Map 画像リンク」、「クリュニー浴場跡 – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向が、クリュニー中世美術館です。

クリュニー中世美術館入場ゲートのカメラです。

カメラ南方向が入口になります。入口右にガーゴイルと滑車の付いた15世紀の井戸があります。

入口前のカメラで、入口右にガーゴイルと滑車の付いた15世紀の井戸があります。

修道院長の礼拝堂のカメラです。

浴場遺跡のカメラです。

タペストリー等中世美術展示室のカメラです。

ステンドグラス展示室のカメラです。

フランス革命時に壊されてしまったノートルダム大聖堂のオリジナルの彫刻群を集めた部屋で、カメラ東北東方向が聖人や使徒のもので、カメラ西方向に反転すると、ノートルダム大聖堂の『アダム像』(13世紀中頃)があります。
[パリのノートルダム大聖堂の正面を飾る王の頭部がフランス革命時に破壊され、埋められたものが20数年前に発掘され展示されています。写真のずらーと並んだ首なし胴体もかつてはノートルダム大聖堂の南扉口を飾っていた聖人や使徒のものだそうです。  (「『パリの美術館(2)・一角獣に出会うクリュニー中世美術館』パ」より)]

11世紀、12世紀の建築彫刻を集めた展示室で、浴場の一部です。カメラ北西方向に、オーヴェルニュ地方の木製の磔刑像 (12世紀末頃)が展示されています。

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