コンシェルジュリー

マーカーはコンシェルジュリーです。

コンシェルジュリー
[コンシェルジュリー(Conciergerie)は、フランスパリ1区シテ島西側にあるかつての牢獄。現在はパリのパレ・ド・ジュスティス(司法宮)の一部で、観光名所となっている。
もともとフィリップ4世(在位:1285年 – 1314年)などカペー朝の王の宮殿(palais de la Cité、シテ宮)として建てられ、10世紀から14世紀にかけて使用された。しかし、シャルル5世(在位:1364年 – 1380年)らによって放棄され、ヴァンセンヌ城に居城が移された後の1370年に牢獄として使われ始める。ロロージュ河岸に沿って建つ建物の地上階と2つの塔が牢獄に割り当てられた。
元は14世紀後半にシャルル5世_(フランス王)がサン・ポール館へ移動する時に王室司令部を置き、その際に特権を得た門衛(コンシェルジュ)のことを指していたが、いつしか活動拠点としていた建物自体がコンシェルジュリーと呼ばれるようになった。
フランス革命の後恐怖政治の時代国民公会により革命裁判所が隣設され、1793年からフランス革命暦3年草月12日(1795年5月31日)までの約2年間に、2780名に対して死刑判決が下されたという。多くの王族、貴族などの旧体制派が収容され、当時はその牢獄に入るとかならず死刑になるというので「死の牢獄」「ギロチン控えの間」とよばれた。マリー・アントワネットが投獄されたのは1793年である。しかし、大多数は一般市民・貴族・学者などだった。牢獄の設備は悪かったらしいが、監視は比較的手薄だったという。革命裁判所廃止後は、破毀裁判所(後の破毀院)が置かれた。
牢獄は19世紀の第一帝政期(1804年 – 1814年)になっても使用されていたが、1934年にその機能が廃止されるに至る。現在はパリのパレ・ド・ジュスティス(司法宮)の一部で、観光名所となっている。2011年初頭に建物の大規模修繕がなされた。 その後、歴史遺産に指定され、現在はパリのセーヌ河岸として世界遺産の登録対象になっている。なお、未公開の箇所はパリ大審裁判所などの裁判所と警視庁の一部(Dépôt、デポと呼ばれる被告人等を裁判のために一時的に監置しておく場所や行政的拘置のための場所)として現在も使用されている。
また、マリー・アントワネットが処刑される前に2か月半過ごした独房も現在再現され、説明のための掲示板もある。
外部
現在では貴重なゴシック建築の建築物で、シーザーの塔、銀の塔、ボンベックの塔、時計の塔の4つの塔で占められている。
●時計の塔 – 1350年にジャン王によって増築された塔。ここには現存するフランス最古の壁時計がある。なお、壁時計は1585年に取り替えられている。
内部
●衛兵の間(Salle des Gens d’Armes) – 約2ha、天井約8.5mほどある大きな部屋。ここでは兵士たちの食堂になっていた。巨大な暖炉も4つ取り付けられており、それぞれ用途が決められていたそうである。余談だが、衛兵の間の格子の向こうはパリ通りがある。
●警備の間(Salle des Gardes) – 大広間への待合室として1310年に設置、革命法廷にも使われた場所。ここには3本の柱があり、それぞれ違う装飾が施されている。
●パリ通り – 主にパイユーが集められていた場所。格子と壁で他の部屋と隔離されており、日中も日が当たらない。
また二階は資料館のようになっており、処刑された人の名や受刑者に関する資料も展示されている。
コンシェルジュリー・wikipedia-photowikipedia-photowikipedia-photo、シーザーの塔と銀の塔・wikipedia-photo、衛兵の間・wikipedia-photo、マリー・アントワネットの2番目の独房・wikipedia-photo、2012年9月10日改修後のシティパレスの時計・wikipedia-photo  (wikipedia・コンシェルジュリーより)]


中世の部屋 – 1.衛兵の間、2.厨房、3.警備の間、4.パリ通り
革命の部屋 – 5.フランス革命とパリ、6.フランス革命とコンシェルジュリー、7.囚人の廊下、8.名前の部屋、9.フランス革命と裁判所、10.シャペル、11.マリー=アントワネットの贖罪礼拝堂、12.女たちの庭  (「コンシェルジュリー – 王の宮殿と牢獄」より)]

『続・フランス語の部屋』 海外文化研修2日目⑤――コンシエルジュ …

コンシェルジュリー – Google Map 画像リンク

カメラ西南西方向がコンシェルジュリーです。

カメラ西南西方向がコンシェルジュリー入場口です。

衛兵の間のカメラで、カメラ東南東方向が入口で、その右にチケット売り場があり、入口左に出口があります。

衛兵の間のカメラで、カメラ南東方向が入り口で、右側にチケット売り場があります。

衛兵の間のカメラで、カメラ北西方向突当り鉄格子の向こうがパリ通りで、その右に警備の間、左側を行くと囚人の廊下になります。また、カメラ東南東方向が出口になります。

コンシェルジュリーのキッチン

女たちの庭

時計の塔と2012年9月10日改修後のシティパレスの時計

シーザーの塔と銀の塔

ボンベックの塔

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