パサージュ・デ・パノラマ

マーカーはパサージュ・デ・パノラマです。

パサージュ・デ・パノラマ
[建設年度 – 1800年
場所 – プサン=マルク通り(Rue Saint-Marc)10番地 – モンマルトル大通り(Boulevard Montmartre) – ヴィヴィエンヌ通り38番地(Rue Vivienne) – モンマルトル通り151番地
歴史的建造物指定 – 1974年7月7日
歩廊延長 – 133m
「パサージュ・デ・パノラマの歩廊」・wikipedia-photo]

[パサージュ・デ・パノラマ (Passage des Panoramas) は、パリ2区にあるパサージュ・クーヴェル。北のモンマルトル大通り(Boulevard Montmartre)から南のサン=マルク通り(Rue Saint-Marc)を接続する。パリの切手商が集まる主要な場所である。1974年7月7日に歴史建造物 (Monuments historiques) に登録された。メトロの最寄り駅は8号線グラン・ブールヴァール駅。
パサージュ・デ・パノラマは1799年から1800年にかけてモンモランシー=リュクサンブール(Hôtel de Montmorency-Luxembourg)の邸宅跡地に建設された。名はパサージュ入口の上に置かれて呼び物となった、大きな街の風景を描いた2つの円形パノラマ(Panorama)に由来する。パノラマは1831年に取り壊され現存しない。
1830年代に建築家のジャン=ルイ・ヴィクトル・グリサール(Jean-Louis Victor Grisart)がパサージュを改築し、パサージュに並行するサンマルク歩廊、ヴァリエテ劇場(Théâtre des Variétés)の楽屋口に接続したヴァリエテ歩廊、フェイドー歩廊、モンマルトル歩廊、を新たに設置した。19世紀には彫刻家のジャン=ピエール・ダンタン(Jean-Pierre Dantan・1800年 – 1869年)が、タレーランルイ・フィリップベートーヴェンパガニーニリストヴィクトル・ユゴーバルザックといった当時の社交界の名士たちのカリカチュア人形と肖像画、石膏や銅による胸像を製作して人気を博し、パサージュの展示室に陳列した。別名を「ミュゼ・ダンタン」と言った。活版印刷のアンリ・ステルヌ(Graveur Stern)や絵葉書商、切手商、何軒かのレストランがパサージュ・デ・パノラマに店を開いた。ステルヌが開いた店は2009年7月10日に歴史建造物に登録された。
「モンマルトル大通り側から望むパサージュ・デ・パノラマ」・wikipedia-photo、モンマルトル大通り側入口・wikipedia-photo、モンマルトル通り側入口・wikipedia-photo、ステルヌの店・wikipedia-photo、2011年のパサージュ・wikipedia-photo  (wikipedia・パサージュ・デ・パノラマより)]

パッサージュ デ パノラマ – Google Map 画像リンク

カメラ位置はプサン=マルク通りで、カメラ北方向がパサージュ・デ・パノラマです。

パサージュ・デ・パノラマ内のカメラです。

カメラ位置はモンマルトル通りで、カメラ南南西方向がパサージュ・デ・パノラマで、カメラ北北東方向がパサージュ・ジュフロワです。

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