フィリップ・オーギュストの城壁

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    フィリップ・オーギュストの城壁(Wall of Philip II Augustus)
    [マレ地区のギャラリーが集まるヴィラージュ・サンポール辺りを歩いていると、不意に古いお城のような壁が現れます。これは12世紀に造られたパリの城壁跡。1180年に即位したカペー王朝(987年 – 1328年)のフィリップ2世(尊厳王)(在位:1180年 – 1223年)は、イギリス軍(プランタジネット朝・1154年 – 1399年)の侵入からパリを守るために1180年から1210年にかけて堅牢な城壁を作りました。これがパリで初めて造られた「フィリップ・オーギュストの城壁」です。高さ10メートル、幅3メートルの頑丈なもので、見張り塔が60メートルごとに置かれていたと言われています。その城壁の一部が、今もマレ地区に残っており、リセ・シャルルマーニュという高校の一部になっています。1946年にたまたま発見されたこの中世の城壁は、造りが頑丈なため700年以上もの間民家の壁の中に眠っていました。しかも2つの半円形の見張り塔も当時のまま残されており、パリに残る城壁跡の中でも最大のものです(見張り塔が完全な形で残されているのはここだけ)。また、当時城壁をめぐらした際に、城壁の東と西の端に城塞(ルーヴルとネールの塔)が建てられましたが、西にあったルーヴル城塞は現在世界一有名なルーヴル美術館になっています。つまり中世のパリでルーヴルは東の端だったことになりますね。中世のパリはシテ島を中心にした小さな城壁都市でした。城壁の近くにはサンス館もあり、中世の雰囲気を味わうことができます。
    住所:rue des Jardins-Saint-Paul 75004 Paris
    最寄りメトロ:サン・ポール(Saint-Paul)駅   (「フィリップ・オーギュストの城壁|パリ名所案内|パリ観光の」より)]

    [「フィリップ・オーギュストの城壁」・wikipedia-photowikipedia-photo、「クロヴィス通り(Rue Clovis)に存在する城壁の一部、城壁断面と瓦礫コア構造を示します。」・wikipedia-photo]

    [ドイツの地理学者セバスティアン・ミュンスター(Sebastian Münster)の地図(1572年)。青色がフィリップ・オーギュストの城壁]

    カメラ位置はシャルルマーニュ通(Rue Charlemagne)りで、カメラ西南西方向がフィリップ・オーギュストの城壁です。
    Muralla Antigua de Felipe Augusto – Google Map 画像リンク

    カメラ位置はクロヴィス通りで、カメラ南東方向がフィリップ・オーギュストの城壁です。
    フィリップ・オーギュストの城壁 – Google Map 画像リンク

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