国立自然史博物館

マーカーは国立自然史博物館・進化の大ギャラリーです。

国立自然史博物館
[国立自然史博物館(le Museum national d’histoire naturelle)は、フランスの文部省・研究省・環境省の共同監督下にある博物館。MNHNと略称されることがある。日本語として「国立自然誌博物館」という表記もある。この博物館が正式に発足したのは、フランス革命中の1793年6月10日、国民公会(la Convention)によってだったが、その起源は、1635年にフランス国王ルイ13世が創設し、王の侍医たちにより監督運営された「王立薬草園」(Jardin royal des plantes medicinales)に溯る。しかし、1718年3月31日に少年王ルイ15世の勅令によって医学的な機能は排除されて、自然史に集中することになったので、単に「王立庭園」(Jardin du Roi)として知られるようになった。
国立自然史博物館・wikipedia-photo  (wikipedia・国立自然史博物館_(フランス)より)]

[自然史博物館の歴史は、今から約400年前の1635年、ルイ13世(Louis XIII)の勅令により「王立薬用植物園(Jardin royal des plantes médicinales)」が創設されたことに始まります。この機関は、フランス最古の歴史を誇る研究所のひとつで、“啓蒙の時代”18世紀には、薬草に代わって、自然史をその研究活動の対象とするようになります。この時代に植物園と研究所の拡充に尽力したのが、『博物誌』の著者として知られる博物学者にして、数学者、生物学者、そして思想家でもあったビュフォン伯ジョルジュ・ルイ・ルクレール(Georges Louis Leclerc, comte de Buffon /1707-1788)でした。
ビュフォンは、1739年以降、50年にわたって館長を務め、「王の庭園」と呼ばれていたこの場所を、18世紀科学の指導的場所のひとつへと押し上げたのです。
 そして、フランス革命下、王立だった植物園は一般に公開されるようになり、1793年には自然史博物館が開館。以降、博物館の活動は、世界各地のフランス植民地で遠征隊の派遣などを通じて行なわれた研究の成果を反映して進化していきました。
 現在は26の研究施設があり、「進化の大ギャラリー」のほか、「古生物学と比較解剖学のギャラリー」、「鉱物学と地質学のギャラリー」を併設する自然科学の殿堂として、世界にその存在を知られています。  (「パリの自然史博物館を特集中です。 – MMM – メゾン・ミュゼ … 」より)]

館内案内図は「パリの自然史博物館を特集中です。 – MMM – メゾン・ミュゼ … 」が参考になります。

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カメラ西方向は国立自然史博物館・古生物学と比較解剖学のギャラリーです。

国立自然史博物館・古生物学と比較解剖学のギャラリー内のカメラです。

カメラ位置は国立自然史博物館・鉱物学と地質学のギャラリー庭園のカメラです。

カメラ南南西方向が国立自然史博物館・進化の大ギャラリーです。

国立自然史博物館・進化の大ギャラリー展示のカメラです。

国立自然史博物館・進化の大ギャラリー最上階歩廊からのカメラです。