ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)

マーカーはノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)です。

ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール・Basilique Notre-Dame de Fourvière)
[フルヴィエールのノートルダム大聖堂、あるいはフルヴィエール大聖堂( Basilique Notre-Dame de Fourviere )は、フランスリヨンのフルヴィエールの丘にあるバシリカ教会堂。献金により、1872年から1896年にかけて、街を見下ろす位置に建てられた。パリサクレ・クール寺院同様、1870年のリヨン・コミューンにおける、社会主義勢力に対するキリスト教勢力の勝利の象徴となっている。 ピエール・ボッサン Pierre Bossan による設計は、ロマネスク建築ビザンチン建築、2つの建築様式の特徴を備え、当時としてはまれなことにゴシック建築様式は採用されなかった。
ノートルダム大聖堂が建つ土地は、かつてはトラヤヌスによる古代ローマフォルム「フォルム・ウェトス forum vetus 」であり、その名前の由来となっている。 フルヴィエールの丘の頂上にバシリカは印象的にそびえたっており、リヨンの街のいたるところから眺めることができる。 結果的に、フルヴィエール大聖堂はリヨンの街の象徴となった。 バシリカは主要な塔4基、鐘楼1基を備え、最上部に金色の聖母マリア像を頂く。 特定の時間にはバシリカの北塔に上ることができ、そこにはリヨンの街とその郊外の眺望が180度開けている。
フルヴィエール大聖堂は実際には2つの教会からなり、1つの教会の上にもう1つの教会がある。 上側のサンクチュアリ(聖域)はたいへん装飾的であるが、一方下側は非常に簡素なデザインである。 フルヴィエールは聖母マリアに奉献されている。 1643年のペスト流行からリヨンの街が救われたことを感謝して小さな教会堂が建てられ、19世紀中ごろには200周年を記念して、金の聖母マリア像が捧げられた。 毎年12月8日(無原罪の聖母の祝日)、リヨンは街の救済を聖母マリアに感謝して街中にキャンドルをともし、これは「光の祭典 Fête des Lumières 」と呼ばれている。
普仏戦争では、プロイセンの軍隊はパリを陥落させ、リヨンに向かって南進していた。 教会で再び聖母マリアに祈りを捧げると、軍隊は停止し撤退していった。
勝利を祝してバシリカの建設が1872年に始まり、1884年に完成した。 内装の完成にはさらに時間を要し、最終的な完成は1964年になった。
フルヴィエールのノートルダム大聖堂は、1998年、リヨン歴史地区の一部として、UNESCOの世界遺産に登録された。
バシリカファサードwikipedia-photoアプスの東端と鐘楼wikipedia-photo、夜のバシリカ・wikipedia-photo
ウィキメディア・コモンズには、ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)に関連するカテゴリがあります。  (wikipedia・ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)より)]

フルヴィエールの丘
[市中のほとんどの場所から見ることが出来るフルヴィエールの丘。頂上にはノートルダム大聖堂(各地にあるノートルダム聖堂・寺院と区別するため、「ノートルダム・ド・フルヴィエール」と呼ばれる)が聳え立ち、近くにはフランス国内最大級の古代ローマ劇場遺跡がある。
●フルヴィエール大聖堂
フルヴィエール大聖堂 (Basilique de Fourvière) はフルヴィエールの丘の上に建ち、市内のどこからでも見ることができるリヨンの象徴的建物。1872年から1896年にかけて建設されたバシリカ式教会堂である。
フルヴィエールの丘・wikipedia-photo、フルヴィエール大聖堂・wikipedia-photo  (wikipedia・リヨン歴史地区より)]

ノートルダム大聖堂 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向がノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)です。

ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)正面ファサードで上部の教会(La basilique)は階段上、下部の教会(LA CRYPTE)は階段下ですが入場は階段上からです。

右側の奥にあるのが、LA CHAPELLE DE LA VIERGE(聖母礼拝堂)になります。頂上には、黄金のマリア様が飾られています。

上部の教会(La basilique)
ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)拝廊のカメラです。左壁に『le Concile d’Ephèse(エフェソス公会議)』、右壁に『 l’arrivée de Saint Pothin à Lyon(聖ポティヌスのリヨンへの到着)』のモザイク画があります。
[「エフェソス公会議」 – エフェソス(Ephesos)は、エーゲ海に面した小アジアギリシア人の都市。431年、東ローマ帝国皇帝テオドシウス2世がキリスト教の公会議を開催し、聖母マリアを「神の母」と呼ばず「キリストの母」と呼ぶことによってキリストの人性説を掲げるネストリウス派を異端と断定して、三位一体説を強化した。
「聖ポティヌスのリヨンへの到着」 – リヨンの起こりは紀元前43年といわれ、ローマ帝国期には「ルグドゥヌム(ルゴス神の丘)」と呼ばれていた。その後、ガリア民族の神とローマの神が混ざり合った形で信仰されていたが、177年にはリヨンの最初の司教・聖ポティヌス(Saint Pothinus)がこの地で殉教し、ガリア民族で最初の殉教者となった。  (「フルヴィエールの丘、ノートルダム大聖堂 – hantubojinusi’s diary」より)]

ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)身廊のカメラです。左壁に『la Bataille de Lépante(レパントの戦い)』、右壁に『Jeanne d’Arc délivrant Orléans(オルレアンを解放するジャンヌ・ダルク)』
[「レパントの海戦」 – 1571年10月7日、ギリシアコリント湾口のレパント沖で、教皇スペインヴェネツィアの連合海軍はオスマン帝国海軍との海戦で勝利した。西ヨーロッパ史において初めての大海戦でのオスマン軍に対する勝利であり、ガレー船主体の大海戦の最後といわれる。
オルレアンを解放するジャンヌ・ダルク」 – フランス東部の農家の娘として生まれたジャンヌは、1337年に勃発したイギリスとの百年戦争で、1429年5月初旬に陥落寸前のオルレアンに参戦し、劣勢をはねのけ勝利しオルレアンを解放した。その後数々の勝利を収め、後のフランス王シャルル7世の戴冠に貢献した。だがその後ジャンヌはブルゴーニュ公国軍の捕虜となり、身代金と引き換えにイングランドへ引き渡され、異端審問にかけられて火刑に処され19歳の生涯を閉じた。死去25年後に復権裁判で無実と殉教が宣言され、その後フランスの守護聖人の1人となった。  (「フルヴィエールの丘、ノートルダム大聖堂 – hantubojinusi’s diary」より)]

ノートルダム大聖堂 (フルヴィエール)内陣前のカメラです。左壁に『 l’Immaculée Conception(無原罪の御宿りの教義決定)』、右壁に『le vœu de Louis XIII(ルイ13世の誓願)』
[「無原罪の御宿りの教義決定」- 1854年12月8日、ピオ9世教皇は、聖母マリアが受胎の瞬間から原罪のあらゆる汚れから免れていたとする教義を宣言した。カトリック教会においては、聖母マリアは、神の母処女懐胎、無原罪の御宿り、聖母被昇天の四つの教義が決定されている。このうち始めの二つは古代に決定されたものだが、後の二つは近世になってから決定されたもので、ローマ・カトリック以外では認められていない。ちなみに聖母被昇天は1950年、ピウス12世によって決定された。
「ルイ13世の誓願」 – 1638年2月10日、世継ぎに恵まれなかったルイ13世は、子供が生まれたらフランス王国を聖母マリアに捧げますと誓いを立て、世継ぎ誕生を祈願した。誓願のおかげか、7ヶ月後にはめでたく王子が生まれ、やがてルイ14世となった。  (「フルヴィエールの丘、ノートルダム大聖堂 – hantubojinusi’s diary」より)]

上階歩廊からのカメラです。

地下に降りる階段の途中にマリア様の彫刻があります。

上部の教会から、下部の教会に向かう階段に、Charles Dufraine (1827-1900) の彫刻があります。la sagess (賢者)(1898-1900)と名付けられたこの作品は、彼の最後の作品と言われています。  (「リヨンの象徴 ノートルダム大聖堂 フルヴィエールの丘にある …」)より。

下部の教会(LA CRYPTE)
身廊のカメラです。

内陣前のカメラです。

塔展望台からのカメラです。

光の祭典
[毎年12月8日には、「光の祭典」 (Fête des Lumières) が行われる。これは、ペストアルプス山脈以北の欧州で1348年から1353年に流行した際、リヨンのひとびとがフルヴィエールの丘にあるノートルダム聖堂のマリア像に祈りを捧げたところ、流行が治まったことに由来するという。この日の夜はリヨン市内の家々の窓際(感謝の捧げ物としてのロウソクなので、本来はフルヴィエールの丘に面した窓のみ。現在はそれにこだわらない)はろうそくの灯りで彩られ、建物や道路はイルミネーションで飾られる(時間を決めて、各家庭と街の不急の照明を消灯する。ライトアップされたノートルダム聖堂と、窓々のロウソクの明かりが幻想的である)。  (wikipedia・リヨンより)]

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