古代ローマ劇場(大)、古代ローマ劇場(小)

マーカーは古代ローマ劇場です。

[リヨンにはかつて、ローヌ川ソーヌ川 2 つの川岸に、フルヴィエールとクロワ・ルースの 2 つの丘を取り囲むように作られたケルト人の集落があり、「コンダット」と呼ばれていました。そこへ紀元前 43 年、ルキウス・ムナティウス・プランクスの指揮下ローマ人が侵攻、フルヴィエールを治め、この地域はローマの属州となったのです。この植民都市は主に商人、兵士、船守で構成されていました。紀元前 1 世紀、時のローマ皇帝アウグストゥスは、ガリア人をリヨン、ベルギーアキテーヌの3 つの属州に分け、リヨンをその首府と定めました。その後リヨンは、3 世紀にわたり、行政・経済・軍事・宗教の面で大変豊かな街となります。人口はその当時 4 万~5 万人程で、税制と金・銀・青銅硬貨の造幣所を有し、帝国領内でもローマに続いて第 2 の都市と見なされていました。ローマ街道が交差する場所に位置したリヨンでは、水・陸両路の交通の便の良さを利用した商業活動が活発化し、街にはイタリアワイン、スペインオイルやガリア小麦などが運ばれてきました。この当時ローマ植民都市はフルヴィエールからクロワ・ルースの丘まで広がっており、ローマ劇場、オデオン劇場、共同浴場、公共広場、円形闘技場の建築により、リヨンは飛躍的に発達していきます。またこの時代はリヨンの手工業の始まりでもあり、ソーヌ川沿いに集まった陶芸・ガラス・青銅鋳造工業がローマ帝国内でも有名でした。この繁栄の様子は、石畳を敷いた道路の舗装工事、街の下水工事、そして今も遺跡として残っている 4 つの水道橋の建設からもよくわかります。  (「Histoire de Lyon en Japonais – リヨン観光局」より)]

[ローマ時代ガリアの首都だったリヨンには古代ローマ時代の建物が残されています。フルヴィエール・古代ローマ劇場 (Theatres Romains de Fourviere) はフルヴィエール大聖堂から南西へやや下った位置にある、フランス国内最大級の古代ローマ劇場遺跡で、フランス最古の古代ローマ時代の劇場は紀元前43年に建設された。現在でも夏季に行われるイベント「フルヴィエールの夜」で、コンサートや演劇の上演に利用される。1998年12月、ユネスコの世界遺産に登録され、リヨン歴史地区に含まれる。
「フルヴィエールの夜」準備中の古代ローマ劇場(大)・wikipedia-photro、「フルヴィエール・古代ローマ劇場(小)」・wikipedia-photro  (wikipedia・リヨン歴史地区より)]

Théâtre Gallo Romain – Google Map 画像リンク」「Odeon of Lyon – Google Map 画像リンク」「Temple de Cybèle, Lyon – Google Map 画像リンク」「Fourvière Nights – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が古代ローマ劇場(小)です。

古代ローマ劇場(小)のカメラです。

古代ローマ劇場(大)のカメラです。

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