サン・ヴィクトール修道院

マーカーはサン・ヴィクトール修道院です。

[旧港Vieux Port
街の中心部にあり、港独特の雰囲気が漂います。2,600年前にギリシャ人によって発見されたラシドンの入り江は、今や3,500隻のヨットやモータボートを迎え入れる港として姿を変えました。旧港の周囲には見事な建築遺産が集まり、サン・ニコラ要塞(le Fort Saint-Nicolas)、サン・ジャン要塞(le Fort Saint-Jean)、ファロ宮(le Palais du Pharo)、サン・ローラン教会(l’eglise Saint-Laurent)、市庁舎(l’Hotel de Ville)、市立病院(l’Hotel Dieu)、そして有名なアクールの鐘楼(le clocher des Accoules)があります。鮮魚市が立ち、シーフードレストランが数多く軒を並べることから、マルセイユ市内でもとくに賑わう場所です。  (「見所とモニュメント」より)]

サン・ヴィクトール修道院(Abbaye Saint-Victor de Marseille)
[サン・ヴィクトール・ド・マルセイユ修道院は、5世紀にジャン・カッシアン(Jean Cassien)によって設立されました。サン・ヴィクトール・ド・マルセイユを含む殉教者マルセイユのヴィクトール(Victor de Marseille・殉教年:303年または304年)の墓の近くで、彼の名前が付けられました。修道院はプロヴァンス全体の影響により、最初の千年紀の変わり目にかなりの重要性を帯びました。彼の修道院長の一人であるギヨーム・ド・グリモアード(Guillaume de Grimoard)は、1362年にウルバヌス5世(在位:1362年 – 1370年)の名で教皇に選出されました。イスラム教徒によって度重なる破壊を受けたため、14 世紀にウルバヌス 5 世の命により要塞化し、15世紀から修道院は取り返しのつかない衰退を始めました。
1,500年以上にわたり、サンヴィクトールはフランス南部のカトリック教の最高の場所の1つであり、フランス革命中に修道院は解体されましたが、教会は依然として礼拝に使用されています。
1968年、マルセイユ市長のガストン・デフェル(Gaston Defferre)は、修道院の地下室に置かれた教会に含まれていた4世紀末から5世紀前半までの豊富な石像コレクションを所有していました。これらの石像は以前、シャトー・ボレリー(Château Borély)美術館で展示されていました。この移転により、サン・ヴィクトール修道院は、アルル美術館(Musée de l’Arles antique)に次いでプロヴァンスで最初の千年紀の最も重要なキリスト教美術博物館になりました。
修道院は、1840年のリストおよび1862年のリストによる歴史的建造物として分類されています。
1934年、教皇ピウス11世(在位:1922年-1939年)によって修道院は小聖堂に昇格しました。
サン・ヴィクトール修道院平面図

サン・ヴィクトール修道院地下室平面図

サンヴィクトール修道院の概観・wikipedia-photo、2009年1月のサンヴィクトール修道院の概観・wikipedia-photo、サン・ヴィクトール修道院の要塞塔・wikipedia-photo、修道院の教会への入り口・wikipedia-photo、身廊・wikipedia-photo、アプス・wikipedia-photo、取り壊し後の回廊の遺跡・wikipedia-photo、サンアンドレ礼拝堂・wikipedia-photo]

サン・ヴィクトール修道院 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向がサン・ヴィクトール修道院です。

カメラ南南西方向がサン・ヴィクトール修道院です。

サン・ヴィクトール修道院身廊のカメラです。

サン・ヴィクトール修道院祭壇のカメラです。

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