モンテ・デ・ザクル

マーカーはモンテ・デ・ザクルです。

[旧市街「パニエ地区」(Vieille Ville, le Panier)。細く曲がりくねった路地など中世の都市構造が、現在も旧港の北岸、ムーランの丘の上にある「パニエ地区」に残る。この地区にはマルセイユの中でももっとも古い建造物を見ることができる。古代ギリシア古代ローマ時代の遺構から 16 世紀(ダイヤモンド型の壁面をした邸宅)、また 17~18 世紀(施療院、市立病院…)の建築が揃う。現在再整備中のこの地区には現在、多くの手工芸職人が集まり、サントン人形のアトリエ、石鹸のショップ、チョコレート屋、陶器や焼き物の店など新しい店が増えている。  (「マルセイユ – Office du Tourisme et des Congrès de Marseille」より) ]

モンテ・デ・ザクル(Montée des Accoules)
[モンテ・デ・ザクルは、マルセイユ市の2区(2e arrondissement de Marseille)にあるルートです。ダビエル広場(Place Daviel)の階段のある非常に絵のように美しいこの通りは、アクールの鐘楼の美しい展望を提供します。 鐘楼は、画家による数々のパフォーマンスの対象となっています。
この通りは、以前は「展望台(マルセイユ天文台・Montée des Accoules)登山」と呼ばれていました。実際、イエズス会はこの通りの最上部に「聖十字架の家(Bâtiment de l’ancien observatoire de Marseille)」と呼ばれる建物を所有しており、1702年にラヴァル(Laval)神父が指揮する展望台が、ピエール・ガッセンディ(Pierre Gassendi)の支援のおかげで、エスプリペゼナス(Esprit Pezenas)神父によって設置されました。この「聖十字架の家」では東洋の言語も教えていたため、その名前は「4言語の大学(collège des quatre langues)」と呼ばれました。イエズス会の追放後、この天文台は王立海軍の天文台になり、責任者がペズナス(Pezenas)神父に代わってギョーム・ド・サン・ジャック・ド・シルヴァベル(Guillaume de Saint-Jacques de Silvabelle)になりました。28番地にある建物は、2019年にマルセイユ市によって収用され、そのまま放棄され、2019年に省庁の社会的地主である13 Habitatに譲渡されました。
エスクールデアスコール階段・wikipedia-photo]

カメラ位置はダビエル広場(Place Daviel)で、カメラ北方向がモンテ・デ・ザクルになります。

カメラ位置はモンテ・デ・ザクルの山頂で、カメラ南方向が元「聖十字架の家」です。

カメラ位置はレンチェ広場で、カメラ東方向がモンテ・デ・ザクルです。

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