パレ・デ・ボザール

マーカーはパレ・デ・ボザールです。

[Google アートプロジェクト] – 「パレ・デ・ボザール

パレ・デ・ボザール(Palais des beaux-arts de Bruxelles)
[1928年にオープンしたヴィクトル・オルタ設計の芸術複合施設。展覧会やコンサートなどが開催される。    (「ブリュッセル,観光スポット,おすすめ!|ベルギー観光局ワロン・ブリュッセル」より)]

[ブリュッセルで国賓などを迎えて大きな文化的行事がある時にしばしば会場として選ばれるのが、1928年に開館したパレ・デ・ボザール(訳せば芸術宮殿)です。1989年にユーロパリア・ジャパンの開会式が国王、日本から皇太子殿下などを迎えて催されました。一見いわゆるヨーロッパ的な荘厳かつ古典的で、伝統と権威主義の香りのする建築様式とは程遠い建物に、当時日本から来た関係者は「ここなのか」と、一瞬とまどいを感じたというのを覚えています。それも道理、この建物はアール・ヌーヴォーの巨匠ヴィクトル・オルタによって設計され、1928年に開館したのです。美術展はもとより、コンサート、映画、演劇などあらゆるジャンルの文化イベントが催される多目的ホールでもあります。第一次世界大戦後、ブリュッセルのモン・デ・ザール一帯の都市計画の一環として建てられたものですが、オルタが原案を出した当初、そのプランの大胆さが物議を醸したと言います。当時の建設大臣はオルタの案に対して予算をつけるのを拒否しました。そしてその後にパレ・デ・ボザール協会が発足し、計画がようやく実行されました。ブリュッセル市は8,000平方メートルの変形な土地を、表通りに面した部分には店舗を並べるという条件で提供しました。オルタは建築を設計するに当たり、「パレ(宮殿)」というよりは、芸術の「家」を目指しました。パレ・デ・ボザールの建物は角地に建てられていますが、正面入り口が角にあるユニークな設計で、自然の植物などをモチーフとするアール・ヌーヴォーから幾何学的な線を用いるアール・デコへと時代が移り変わっていった頃の作品で、それまでのオルタによるアール・ヌーヴォー建築とは違った雰囲気を醸し出しています。年月を経るにつれ、当初の建築意図からかけ離れてしまった建物を、もう一度原点に戻すように、2002年から2004年にかけて、全面改修が行われました。  (「パレ・デ・ボザール ~建築に込められたオルタの思い – B-WEBLOG」より)]

Paleis voor Schone Kunsten, Brussel – Google Map 画像リンク

カメラ南南東方向がパレ・デ・ボザールです。

パレ・デ・ボザールエントランスのストリートビューです。

コンサートホールステージのストリートビューです。

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