ベルン旧市街

[スイスの首都ベルンには、中世ヨーロッパ都市の姿を今に伝える美しい町並みが残っている。それらの町並みは、1983年にユネスコ世界遺産に登録された。
ベルンの町は、ツェーリンゲン家のベルヒトルト5世によって1191年に創設された。町は三方を自然の防壁となるアーレ川に囲まれた丘の上に建てられ、残る一方には城壁、堀、ツィットグロッゲ(時計塔)などが築かれた。その後も都市区画は、非常に明瞭な都市化の意図に沿って開発されていった。
1218年にベルヒトルト5世が死去、ツェーリンゲン家の断絶後に、ベルンは神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世から自由都市の特権を得た。1405年の大火災の後で、町はより堅固に再建された。
時代は下って1848年にスイスの首都になると、それを反映して新しい建物も見られるようになった。例えば、連邦院ベルン大学などである。
主な建造物
中世から近世にかけての建造物群には次のものがある。中世都市の大部分は18世紀に改修されているが、その元々の特色はよく保持している。
●ツィットグロッゲ(Zytglogge, 時計塔) – 13世紀に町を囲む外壁の西門として建てられた。1405年の大火により破壊されたが、1530年に
ぜんまい式時計が付けられた。時を知らせる鐘、塔の時計、仕掛け、天文時計はすべて一つの装置によって作動している。
ゴシック様式末期の教会 – コレジアル (collégiale) だが、カテドラルと呼ばれることもある。1421年から16世紀末にかけて建造された。高さ100メートルの鐘楼がある。
●15世紀のアーケードと地下道 – オリエル (oriel)、砲塔、落とし穴などを備えた特徴的な建造物である。
●16世紀の噴水群 – 寓話的な彫刻で飾られた噴水が、全ての広場や通り沿いに設置されている。
上空から見るベルンの旧市街・wikipedia-photo、アーレ川に囲まれたベルン旧市街・wikipedia-photo、時計塔・wikipedia-photo、ベルン大聖堂・wikipedia-photo、噴水・wikipedia-photo、ベルトルト5世・wikipedia-photo、マルクト通り・wikipedia-photo、旧市街の地図・wikipedia-photo  (wikipedia・ベルン旧市街より)]

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