エッフェル鉄道橋

マーカーはエッフェル鉄道橋です。

エッフェル鉄道橋(Passerelle Eiffel)
[1852年、パリ・オルレアン鉄道はボルドーとパリを結ぶことを可能にする、ボルドーとアングレームを結ぶ路線を開通させた。このとき、列車は右岸に開かれたボルドー=オルレアン(Bordeaux-Orléans)駅(ボルドー=バスティード(Bordeaux-Bastide)駅)を発車していた。1853年、ボルドー – ラ・テスト鉄道はミディ鉄道(Compagnie des chemins de fer du Midi)に統合される。1855年にはボルドー=セギュール駅は廃止され、ボルドー=サン=ジャン駅に取って代わられた。このとき、2つの異なる鉄道会社に所属する異なる2つの主要駅を発着する2つの路線網が存在した。この状態は、ガロンヌ川を渡ることの出来る鉄道橋が存在しなかったという事実から説明された。パリを旅立ちアキテーヌ南部へ赴こうとする旅客は、ボルドー=オルレアン駅で列車を降り、ガロンヌ川を渡り、サン=ジャン駅で再び列車に乗らなければならなかった。この2つの駅を連絡する架け橋が、1860年にギュスターヴ・エッフェルとポール・レニョール(Paul Régnauld)によって建設された。
●1860年にエッフェル鉄道橋が開通した。
●2008年には新しい鉄道橋が老朽化したエッフェル橋に取って代わった。しかし、エッフェル橋はその建築上及び歴史上の価値から保存されることとなった。
1900年頃のエッフェル橋・wikipedia-photo  (wikipedia・ボルドーより)]

エッフェル鉄道橋 – Google Map 画像リンク

カメラ西南西方向がエッフェル鉄道橋です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*