ブルス広場

マーカーはブルス広場です。

ブルス広場
[ブルス広場 (place de la Bourse) は、アンタンダン(地方長官)のブーシェ(Boucher)の下で、王付建築家アンジュ=ジャック・ガブリエルによって、1730年から1775年にかけて手がけられたものである。当時の名称は王国広場 (place Royale) である。
ブーシェはボルドーガロンヌ川に開かれた都市にしたいと考え、右岸からやってくる人々を歓迎するような左岸のファサードを作りたいと考えた。王国広場は、中世の城壁を取り壊してつくられたが、それは彼のそうした考えを反映したものである。
王国広場と宮殿は、広場の中央に配されたルイ15世の騎馬像を囲む宝石箱のようなものとして企図され、1749年に落成するや、都市の繁栄のシンボルとされた。
フランス革命が起こると騎馬像の代わりに自由の樹が立てられ、広場は自由広場 (place de la Liberté) と改称された。第一帝政になると広場は帝国広場 (place Impériale) と改称されたが、復古王政期になると新王国広場 (nouveau place Royale) とさらに改称された。1828年には、広場の中央に白い柱頭と地球儀を戴いた慎ましやかな噴水が置かれた。
7月王政が倒れた1848年に都市はブルス広場と改称し、現在もこの名称が使われている。広場の中央のモニュメントは、1869年にルイ・ヴィスコンティ(Louis Visconti)の三女神の噴水に置き換えられた。なお、この三女神のモデルはフランス皇后ウジェニーイギリス女王ヴィクトリアスペイン女王イサベル2世である。
この広場は、18世紀フランスの古典主義建築の最も代表的な作品の一つである。広場の北にはブルス宮殿(現在はボルドーの商工会議所と郵便局が入っている)、南にはフェルム館(l’Hôtel des Fermes, 現在は関税関係の事務局と関税博物館が入っている)が建っている。フェルム館も建築家ガブリエルの作で、その彫刻は芸術の守護神ミネルウァと商業神メルクリウスを表している。
現在、ミシェル・コラジュが設計した数分置きに霧を散布する水盤が設置されている。
ガロンヌ川に面したブルス広場・wikipedia-photo  (wikipedia・月の港ボルドーより)]

ブルス広場 – Google Map 画像リンク」「Place de la Bourse – Google Map 画像リンク

カメラ位置はブルス広場西端で、カメラ東方向に三女神の噴水、カメラ北北西方向にブルス宮殿、カメラ南南東方向にフェルム館があります。

カメラ北方向がブルス広場です。

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