シネマバターリャ

マーカーはシネマバターリャです。

シネマバターリャ
[ポルトガルに映画が伝えられたのは1896年6月で、リスボンヨーロッパから持ち込まれた映写機の実演にはじまる。その5ヶ月後にはポルトでアウレリオ・ダ・バス・ドス・レイスが自作映画を上映した。ポルトはポルトガル映画の中心地となり、1931年にはマノエル・デ・オリヴェイラによって『ドウロ川』が制作された。オリヴェイラはネオレアリズモの先駆的作品となった『アニキ・ボボ』(1942)などを撮影したのち西ドイツに渡り、1950年代にポルトガルに帰ってから『画家と町』(1956)などを撮影した。2003年に閉鎖されました。  (wikipedia・ポルトガルより)]

カメラ東南東方向がシネマバターリャです。

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