アウグストゥスの守護神の神殿(ヴェスパシアヌスの神殿)

マーカーはアウグストゥスの守護神の神殿(ヴェスパシアヌスの神殿)です。

大フォルムの平面図

[2.No) ポンペイ、ローマ(古代ローマ.1]より

アウグストゥスの守護神の神殿(ヴェスパシアヌスの神殿)[Tempio del Genius Augusti(Tempio di Vespasiano)]
[アウグストゥスの守護神の神殿は、この神と灰の神の女祭祀だったマミアに願いによって建てられたことが記録によって明らかです。アウグストゥス(在位:紀元前27年 – 紀元14年)の治世(紀元1世紀の最初の10年)に神殿が建設されると、続いて隣のアウグストゥスの調和の回廊の工事が開始されました。今日残るファサード下部の大理石装飾やニッチのモチーフ、あるいは紀元62年の地震の後で修復され一部完成していた祭壇からは、この二つが同じ建築のプロジェクトとして進められていたことが判ります。神殿には小さな中庭と祭壇、高い基壇の上に建つ4本の円柱のある小神殿で構成されていました。今日、エウマキアの調和の回廊の入り口に見られる花々と動物たちをモチーフにした素晴らしい大理石製の装飾は、おそらくはこの神殿の入り口を飾っていたものと思わ れます。フリーズはローマにあるアラ・パキスをモデルにして制作されています。

※ニッチ、壁龕: ラテン語のアエデスの縮小形で、「神の家」を意味しました。 公私の宗教的な礼拝に用いられ、神殿の特徴を備えた壁龕からなり、円柱で支えられたティンパヌムがあり木製の扉を備えている場合もありました。内部には家の守護神たちの小さな像が納められていました。ラルとペナテス、一般的には併せてラル神と呼ばれていました。  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p93」より)]

VII.9.1 Pompeii. Edificio di Eumachia. Eumachia’s Building.

[神殿の遺跡・wikipedia-photo、祭壇の装飾・wikipedia-photo
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ヴェスパシアノ神殿 – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向・開口部内がアウグストゥスの守護神の神殿(ヴェスパシアヌスの神殿)です。

守護神の神殿(ヴェスパシアヌスの神殿)前のカメラです。

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