アウグストゥスの調和の回廊(エウマキアの建物)

マーカーはアウグストゥスの調和の回廊(エウマキアの建物)です。

大フォルムの平面図

[2.No) ポンペイ、ローマ(古代ローマ.1]より

アウグストゥスの調和の回廊(エウマキアの建物)[Portico della Concordia Augusta(Edificio di Eumachia)]
[フォロの東側部分で最も大きなこの建物は、ポンペイの裕福な家柄の出身で女神ヴィーナスを祭る女祭司であったエウマキアが皇帝を礼賛のために建てさせたものです。入口の手前にある柱廊の下には、かつてはポンペイの金持ちや重要人物の像が並び、大きなポルタイユ(正面)の両脇、ニッチの下には今でもロムルスアイネイアスに向けた二つの称賛の詩が、彼らの英雄的な行為を列挙しながら刻まれています。ポルタイユの縁を飾るアカンサスの葉の唐草模様とそれに集まる動物たちの、大理石による豊かな装飾はフォロで発見され、誤ってここに付けられましたが、実際は近くにあるアウグストゥスの守護神の神殿にあったものです。内部には三方に伸びる柱廊があって、東側の短い翼には三つのエクセドラが配され、中央の大きいエクセドラには、現在ナポリの考古学博物館に保存されているアウグストゥスの調和の像が納められていました。この柱廊の後ろ側にはこれも三方に伸びる屋根付きの廊下があって、中央にエウマキアの像が置かれていました。現在置かれているのはコピーで、実物はない。当時の見事な多色大理石による装飾は、フォロの他の建物と同様、噴火の後間もなくすべて持ち去られてしまいました。

※ニッチ、壁龕: ラテン語のアエデスの縮小形で、「神の家」を意味しました。 公私の宗教的な礼拝に用いられ、神殿の特徴を備えた壁龕からなり、円柱で支えられたティンパヌムがあり木製の扉を備えている場合もありました。内部には家の守護神たちの小さな像が納められていました。ラルとペナテス、一般的には併せてラル神と呼ばれていました。  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p94」より)]

VII.9.1 Pompeii. Edificio di Eumachia. Eumachia’s Building.

[Eumachiaの建物の外観・wikipedia-photo、Eumachiaの建物の内部・wikipedia-photo、ユーマキアの像・wikipedia-photo
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エウマキア館 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向がアウグストゥスの調和の回廊(エウマキアの建物)入口です。

アウグストゥスの調和の回廊(エウマキアの建物)中央のカメラです。

アウグストゥスの調和の回廊(エウマキアの建物)東端のカメラです。

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