イシス神殿

マーカーはイシス神殿です。

イシス神殿(Tempio di Iside)
[発掘された当時、イシス神殿は装飾や備品がほとんど当時のままに残っていて、その姿はポンペイを世界中に知らせるのに貢献しました。
イシス信仰はエジプト起源の非常に古い女神信仰で、紀元前3世紀頃から地中海全域に広まり、信者だけに限定された秘儀信仰でした。
神話によれば、イシスはセトによって殺され解体された夫オシリスの遺体の断片を集め、魔法のような技で再度繋ぎ合わせて命を与えたことから、生命を支配する女神となりました。
死後の世界で生き続けるという希望から、イシス信仰は、とりわけポンペイの下層民の間に広く普及していました。柱廊で囲まれた中庭の中央に、高い基壇の上に建つ神殿があり、その手前の空間には祭壇、供物を置くための溝、(プルガトリウム)と呼ばれる小さな建物が見られます。プルガトリウムの内部の階段を上ると、ナイル川から直接運ばれたとされる水を湛えた水盤がありました。 神殿の後ろ側には、信者たちが集まりを持った広いホール(エクレシアステリオン)があり、より小さな(サクラリウム)にはイシス女神の神話のエピソードを描いた絵画が残されていました。
モーツァルトは1770年に父親のレオポルドと共にここを訪れて大きな感銘を受け、その印象をもとに1791年にウィーンで初演された「魔笛」の筋書きを構想しました。
神殿を飾っていた彫刻や付属品は、ナポリの考古学博物館に展示されています。  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p117」より)]

[イシス神殿の計画平面図・wikipedia-photo、神殿の遺跡・wikipedia-photo、イシス神殿のフレスコ画・wikipedia-photo
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イシス神殿平面図(「VIII.7.28 Pompeii Foro Triangolare – Schola con orologio solare.」より)

Temple of Isis – Google Map 画像リンク

カメラ南東方向がイシス神殿聖域入口です。

神殿の遺跡前のカメラです。

神殿の遺跡南側のカメラです。