ステファヌスのフロニカ

マーカーはステファヌスのフロニカです。

ステファヌスのフロニカ(Fullonica di Stephanus)
[この家は紡いだ糸の油抜きや汚れた衣類や布の洗濯をする作業場として使われ、もとはアトリウム形式だった家を改造してポンペイ最後の時期に改造されたものです。
アトリウムの中央には、本来インプルヴィオがあるべき位置に大きな貯水槽が置かれ、コンプルヴィオがあった場所には明り取りの開口部が作られて、テラスの上階部分は布地を乾す場所に改造されています。その他の水槽は家の後ろ側にある庭に置かれていました。 発掘によってフロニカ(洗濯場)の全貌が現れた際に、入り口近くでまとまった貨幣と共に一体の人骨が発見されました。 フロニカの所有者で、選挙人登録から明らかなステファヌスのものと推測され、最後の売り上げをもって逃げようとしたものの、紀元79年の噴火で命を失いました。 ステファヌスの使用人はほとんどすべて奴隷の身分で、動物や人間の尿を含んだ液に付けた布地を何時間も足で踏み続けるのが仕事でした。道路に沿って液体の入った壺が並んでいました。  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p16」より)]

[インプルヴィオ(Impluvium)は、ギリシャまたはローマの家のアトリウムのくぼんだ部分です。屋根全体に降り注ぐ雨水を運び去るように設計されており、通常は大理石でできており、アトリウムの床から約30 cm下に配置されています。]

[ポンペイのステファノのフルニカ・wikipedia-photo]

ステファヌスのフロニカ平面図(Fullonica of Stephanus – AD79eruption – Google Sitesより)

ステファヌスのフロニカ立面図

ステファヌスの洗濯屋 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向フエンスに人が寄りかかっている場所がステファヌスのフロニカ入口です。(平面図の「c」)

アトリウムの中央・本来インプルヴィオがあるべき位置にある大きな貯水槽(平面図の「c」)

洗濯場(平面図の「j」)