チェチリオ・ジョコンドの家

マーカーはチェチリオ・ジョコンドの家です。

チェチリオ・ジョコンドの家(Casa di Cecilio Giocondo)
[飾り気のないポルタイユ(正面)と内部の壁の工法から、最初に建てられたのは紀元前2世紀の半ばであることが明らかですが、その後、ポンペイ最後の時期にカエチリ家の所有となった際に本格的な改築と繊細な装飾が行われました。 紀元79年の時点で一族の長であり、家の所有者でもあったルシウス・カエシリウス・ウクンドゥスに捧げられた青銅製の肖像がタブリウムの前で発見されて、現在はナポリの考古学博物館に展示されています。 家の中から見つかった154に及ぶ蠟塗りの資料から、チェチリオ・ジョコンドは金融業者であったことが判っています。資料には紀元52から62年の間に財産(特に奴隷)を売った人々に支払われたお金や家賃の取り立てによって得ていた1-4%のマージンなどが記されています。 この家からはアトリウムにあるラル神の祭壇を飾っていた大理石製のレリーフが2点見つかり、62年の地震による公共の建物への被害を示しています。
※タブリウム – アトリウムを挟んで家の入り口の反対側にある部屋で、ペリスティリウムとアトリウムを区切っています。 家の中心的な空間で、主のオフィスで、客を迎える場所でもありました。 もとは主人の寝室として使われていました。
※トリクリニオ、横臥食卓 – ローマの住宅に見られた食堂で、そこに置かれていた3つの寝台を意味する言葉がもととなっています。家の主と招待された客は部屋の三方に置かれた寝台の上に三人づつ横たわり、最後
の一方は給仕のために空けてありました。 一般的には、この空間は庭園に向かって開放されていて、客が緑の眺めを楽しめるように配慮されていました。  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p51」より)]

[アトリウムとタブリニオ・wikipedia-photoトリクリニウムwikipedia-photo、モザイクフローリング・wikipedia-photoメイナードサテュロスwikipedia-photo
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チェチリオ・ジョコンドの家平面図(「V.1.26 Pompeii. Domus L. Caecili Iucundi or House of L. Caecilius Jucundus or Casa di Cecilio Giocondo.」より)

カメラ北東方向がチェチリオ・ジョコンドの家入口です。(平面図「Ⅴ.1.26 Entrance」)