デルオルソの家

マーカーはデルオルソの家です。

デルオルソの家(Casa dell’Orso)
[デルオルソの家(「クマの家」、カサ・デル・オルソフェリート、「負傷したクマの家」)(VII 2、44-46)はポンペイにあり、1865年4月に発掘されました。モザイクと壁画で豪華に装飾された小さな家です。その名前は、負傷したクマを示す入り口のモザイク(Fauces)から付けられました。部屋の配置は不規則で、近隣の家の配置とは対照的です。不規則な配置は、近隣の家がすでに立っていて、新しい建物のための余地がほとんどない場所に建物が建てられたことを示しています。
家の入り口は南にあり、ここに、負傷したクマとHAVEの文字のあるモザイクがあります。入り口の左右にタヴェルナ(Taberna・大衆食堂)があります。入り口から、黒と白の幾何学的なモザイクでデザインされたアトリウムに入ります。西側と東側にはそれぞれ2つの部屋があり、そのうち3つには幾何学的なモザイクが備わっています。 4番目の部屋は、既存の1階への階段です。北に※タブリウムがあり、その東にトリクリニウムがあります。どちらの部屋もモザイクで装飾されています。北には小さな庭があります。噴水もあります。噴水のフリーズの一部には動物が描かれ、上段はモザイクで装飾され、中段に貝の中のヴィーナスが描かれ、下段にポセイドンが描かれています。
家の多くの壁には壁画が飾られていますが、現在は保存状態は良くありません。壁画の詳細の多くは、古い図面や彫刻にのみ伝承されています。絵画は主にいわゆるポンペイの壁画の第4様式に属し、西暦62年以前に日付を付けられる可能性があるため、絵画は特に重要です(西暦62年はポンペイで地震があり、その後都市の多くの建物を修復する必要がありました)。この発見は研究において非常に重要です。紀元後1世紀の第4様式の正確な始まりは議論の余地があり、地震後の都市の第4様式のすべての絵画が長い間疑われてきました。
※タブリウム – アトリウムを挟んで家の入り口の反対側にある部屋で、ペリスティリウムとアトリウムを区切っています。 家の中心的な空間で、主のオフィスで、客を迎える場所でもありました。 もとは主人の寝室として使われていました。
負傷したクマのモザイク・wikipedia-photo、庭の噴水のモザイク・wikipedia-photo
入口からアトリウムを望む・wikipedia-photo、アトリウムからタブリナム、エクセドラを望む・wikipedia-photo、タブリナムの床のモザイク・wikipedia-photo、エクセドラ・wikipedia-photo
コモンズ:House of the Bear(Pompeii) -写真、ビデオ、オーディオファイルのコレクション]

VII.2.45 Pompeii. Casa dell’ Orso Ferito or House of the Bear.

デルオルソの家平面図

Casa dell’Orso – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向入口が保護されている場所がデルオルソの家入口です。(デルオルソの家平面図「1」)

カメラ位置はアトリウムで、カメラ南東方向が入口で、カメラ北北西方向がタブリナム、その先がペリスティリウム、エクセドラで噴水があります。